金木犀 | アマヤドリ

金木犀


今年一番の金木犀のかおりを新橋に向かう道すがら、かいだ。
秋のはじまりは空がぐんと高くなった日に感じるのだけれど、金木犀のかおりには、もう秋のなかに全身がすっぽり包まれたのだということを実感させられる。

何年か前、遅い台風が秋にきて金木犀を道じゅうに散らしていったことがあった。
私はそのときどうしようもなく淋しくて、まだおさまらぬ激しい雨のなかを傘ひとつで歩いた。
自分の足には合わないスニーカーでぬかるみを通り、たぶんこんなに靴を汚したことを怒られるのだろうとぼんやりと思った。

そこからはもうどこにもつながらない道のつきあたりに、塀のうえまであふれる金木犀に囲まれた場所があった。私がちょうどすっぽりとおさまるくらいの。
傘と私が入ると枝が風をさえぎりぱったりと音が止んだ。
見上げるとこのあたりで一番高い樹の枝が狂ったように頭を振っているのに、そこだけはやわらかな手で耳を塞がれたように、風の音からひとつひっこんだところにあった。

半透明の傘に太陽の色の花びらが音をたてて落ちてくる。音といえばそれだけだった。
雨のしずくにくるまれて、ぱたぱたと傘をたたく。
傘の柄を持つ手に確実に重みを伝えながら。
肉厚な色がしずくに溶けださないことが不思議なくらいだった。

傘がぎっしり埋もれるまでずっとここにいよう、といつまでもじっと立っていた。
嵐がどのくらい遠ざかったのかは分からなかったけれど相変わらずてっぺんの樹は激しく吹かれていた。

この風景を、私はその年はじめての金木犀のかおりでいつも思い出すのだろうな、と考えた。
たぶんそれは未来のわたしへの呪いだったのだろう。

流れる泥、濡れた椿の葉、傘から伝う雨粒の音、冷えてくるからだ、

わたしだけの場所で、私はその眠りに嫉妬していた。


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