いつかの風景 | アマヤドリ

いつかの風景


友人は本当に細かいことまでよおく覚えている。
私が何年前の何月にはこういうことを言ったよねとか、あのときどこに行って何を食べたとか。
私はほんとうにそういうことを覚えていられない。
匂いや味や風景をそこに取り出して再度味わうことはできるけど、時系列にはそれが並んでいない。
カオスだ。
でも感触のことだけは迷わず摘み出せる。

蛍を見たのはぶどう狩りより前かあとか。
港の心霊現象は去年かおととしか。
わからなくなってしまう。
でも港でみた倉庫が月にざらざら浮かんでいたことや髪がどんな強さで顔を打ったかとか蛍がどんな軌道でどんなスピードだったかは、再現できる。
今見えてるみたいに。

「机のうえになにがあったでしょう」クイズも得意。
写真みたいに焼き付けとけばいい。

テストのときも、教科書を想像してめくって、そこにかいてある文字を読めばよかった。


でも記憶で絵をかくのはへただなぁ。

矛盾してる。


私が写真をとるのは なぜかな とときどき思う
たぶんこのことと深くつながるんだろう