懐かしい路 | アマヤドリ

懐かしい路


久しぶりに成子神社を通った。
リハーサルの行き来にそこが気持ちいいよ、と教えてもらって。

木々がつくる影と日差しが交互にからだにかかる。後頭部に降り掛かりしみつくせみの声を聞きながら石畳に映る自分の影を踏む。

懐かしい。

子供のころなにが楽しくてなにが不安だったか、あまり覚えていない。
感じるものごとを、まるでことばをもたないもののように留めさせることなく飲み込んでは時間のなかに手放してきたような気がする。
夏休みはあんなに長かったのにわたしはいったいなにをしていたんだろうな。

景色は覚えている。
この長い道を歩くとちょうどたてものとたてものの間から夕日が強く差し込んできて肌をやいたこと。
お祭りのあと、階段と坂のさかいめにはたくさん500円玉が落ちていたことも。
丸いジャングルジムで深刻な話をしたこと、裏庭で待ち合わせをしてレシーブの特訓をしたこと。

日傘をさしながら、子供の頃は吸い込むように日差しに顔を向けてまぶたまでやけろ、と考えていたことをまた再び思い出す。
私はもうにどと、あの頃に戻ることはないのだ。
どんなに望んでも12歳だったわたしには帰れない。
なにを考えていたのか聞きたくても。どんなふうに世界を見ているのか聞きたくても、にどと。


そのころの友達とご飯を食べた時にちょっとしたことをメモしてもらったのだけれど、その時ふと、むかし一緒に勉強したことを思いだした。
まったく忘れていたのに、彼女が鉛筆を握るその手のかたちや文字が生まれていく様子は、もりもりと私の記憶を呼び覚ました。
デジャヴじゃないかと思うくらい。


なんていろんなことを忘れちゃうんだろう。
胸の奥深くが静かに、きりきりとなみだを流す。
時間のなか残してきた残像への懐かしさと、いとおしさに。