はじめてのお風呂
まだ明るいうちからお風呂にはいることにした。
お友達の作った曲をお風呂CDプレイヤーでかけながら風呂釜を磨く。
ターシャ・テューダーのおかげだ。私の動作はいつもよりずっと丁寧。少なくとも、今日のうちくらいは。
見慣れないことをしている私をちゅんが追う。
脱衣かごにちょこんとつかまって私の動向をうかがい、今肩に飛び乗ろうかやめようか、を繰り返している。ジレンマをからだ全体でみせてくれる。
ちゅんはお風呂が怖いのだ。
いつだったかお風呂に入ろうとする私からちゅんがいっこうに離れないので、たわむれに風呂場に備え付けの棒にとまらせてみた。
最初はじっとしていたけれど、湯船から湯気がたちのぼり私がちゅんの名を呼んだ途端おおあわてで外に飛んでいってしまった。
去り際に私が浸かっている湯船のなかにふんを残して。ささやかな仕返しのつもりか。
きっとぼわんと響く声も、しろっぽい空間自体も、ドアを閉じてじゃぶじゃぶも、なにもかもが謎に満ちていて怖いのだろう。
その気持ちはよくわかる。
脱衣かごからちゅんは一生懸命長くなって私を覗こうとしていた。つんのめっては羽根をばたつかせてピーッと苛立ちをあらわしたりしている。
おもしろいから、かごをドアのまん前に移動してドアを開けたままお風呂に入ることにした。
いいかおりのするバスソルトを多めに入れて、湯槽のふたを半分閉じ、そこにお風呂CDプレイヤーとお水と本を持ち込む。
ドアの外には好奇心でぱんぱんのちゅんの顔。
まだ外は明るく、せみの声が入り込んでくる。
なるべく激しく動かないようにし、響くような声をたてないように。ほら、恐くないんだよ、と水を見せたり気持ちよさげな顔をしてみたりのアピールを続けていた。
ちゅんは内側に開いたドアの把手まで進出してきた。
自分からここまで入り込んだのは初めてで、きっと大冒険なんだろうなぁと微笑ましい。
緊張感が高まりすぎるからなのかただの気紛れか、また脱衣所まで退避してしまう。
また把手へ。
脱衣所へ。
たまに、台所のほうでバナナをもらったりして。
何回目かの把手のあと、ちゅんは湯槽のふたにぽとんと降り立ち、そろそろと端っこまでぴょんぴょん寄ってきて私がなにに浸かっているのか、どのくらいの深さなのかを見定めにやってきた。
覗くからだ全体から緊張感がびしびしと発散されているからおかしい。不器用で可愛いやつ。わかりやすすぎだよ。
脱衣所、把手、ふた、をまた何度か繰り返したのち、私の頭にとまった。
ちゅんからみなぎる好奇心から、私はもうこいつはほどなくおちるな、と確信していた。
だってもう、あたまをつかむ足の裏の温度が、ほんきだ。
かなり汗だくになってそろそろあがりたい気持ちになってはいたのだけれど、ここまできたら逃せない、と頑張って誘う。
かるく無関心さを装いながら、時折深く身を沈めてみたり、両手でお湯を掬ってやさしく流れを作ってみせたり。
ちゅんはまんまと頭から肩へ降り、たてた膝へ丸くつくった腕を伝って恐るおそるお湯へ近づいていった。
長いしっぽが浸かり足が浸かりしても平気な顔をしていたから温度は大丈夫なのだな、と安心したとたん、ばちゃっと、なんとも不器用に飛び込み(というか落ち)、ぱちゃぱちゃっとお腹だけ濡らしたかと思うと慌てて変な格好のまま把手へ戻っていった。
そうとうどきどきしてるみたいでしきりに足踏みをしている。羽根もうまくたたまれていない。
だけど自分がお風呂に入れたことがうれしいようだった。
私がうれしかっただけかもしれないけど、でも確かにちゅんはやったぞ、という顔をしていた。
そのあと、水浴びの時いつもそうであるようにちゅんはもう一度ぱちゃぱちゃをやりにきた。
それからちょっとほっとしたように羽根を乾かしていた。
大冒険だったね、ちゅん。
トイレに慣れ、ついに風呂場の謎も解いたね。
しかも今度はここは人間がが自分でいうところの「水浴び」をするところだということまでわかった、のかもしれないね。
そうして発見してゆくことはどんなにかちゅんののうみそをばりばりと押し広げているんだろう。毎日私たちからいっときも離れず行動をともにして、ことあるごとにちゅんは発見したり、謎をといたり、なにかとなにかが繋がったりしているんだろうね。
モノリスだね。
次の世代の知的生物は翼があるかもしれない。
また一緒にお風呂に入ろう。
だけどちゅんが出ていったあと、死んでぺちゃんこになった小さな虫が湯船に浮いていたよ。
いつからそんなもの、くっつけていたんだい。
