包み込む記憶 | アマヤドリ

包み込む記憶

友達の日記から、去年の夏ほたるを見に行ったことを思い出した。

真っ暗な、ほんとうにまっくらな夜の中、私の闇に慣れた目に仄かにあらわれた。きゅっと視界がすぼまり、その繊細さは聞こえない高音のように刺す。それ以外のことはもうどうでもよくなる。
たましいのように、呼吸そのもののようなひかりはまっすぐにすれ違っていった。

初めてほたるを見たこともあって、その出会いは夢のなかの一瞬だったような気が今でもしている。
一緒に呼吸をして、だけど彼は、私とは無関係な空間にいるように上下しながら進んでいった。
微かな、聞こえない冷えた音を発しながら、少し湿った空気や昼間よりもずっと濃い下草のにおいを縫うように。
ちゃんとこのからだの表面すべてで出会ったという実感と、夢のような、毛穴に吸い込むような心地の両方で私はほたるを記憶している。
雪のひとひらのようでもあったし、場違いないたずらのようでもあった。

こんなふうに小さな景色の感触が積もって、だけどいつもそれを表面においておくわけにもいかず、ふと、かおりのようによぎる。手のひらをひろげるとそこにある。

じっくり取り出して浮かべている投影の先はどこなんだろう。
ありありといまのように再現できるのに、もうここではない。

何度も繰り返してゆるやかに変化が加わっているそのつけたしは私が今まで受けとり、発してはまたかえってきたことの総集で、だからこれはやはり、紛れもなくあのほたるの、彼だけのつくりだした軌跡じゃない。
そう思えなかったらとても惜しくて、その場から立ち去ることなんかできないだろう。

こうして混ぜるために、はっきりと覚えておかなくていいとしているのかもしれない。


そして私は同時に、彼が見た私のことをみてみる。
なんて青白くてたよりない線なんだろうか。