視点、反転 | アマヤドリ

視点、反転

ワークショップで友達になったひとと話していて、はっとさせられたひとことがあった。

絵を描くときにその対象物に触れてその感触を絵に表しなさいと言われたけれど、それは客観的な感覚だと思った、
だけどあるダンサーのレッスンに行って、水になったり風になったりする、自分のなかから生み出すその感覚を知って自分の絵が変わった、

ということば。

自分の指が触れて感じるその感触は「客観的」と感じとり、表現することもできるのか!と、おもしろかった。
もしかして、これは写真を見て写真家のひとみを内に感じる気がする、その逆のかんじかたなのかもしれない…と、とりとめもなく考えた。
彼女の意図からは離れてしまっているかもしれないけれど、これは私の受け取った感触で、そこから生まれるなにかがあって…と、ぐるぐる。

私たちは自分の感覚から離れることもできるし(この場合は離れるというよりも遠い、ということだろうけれど)、逆に他の感覚をトレースすることもできる。
そのときに感じる距離感は、決して一定じゃない。


同時に感じたのは音楽と踊りの関係のこと。
ひかりとおどることの関係のこと。
音楽を聴いて踊っているうちはまだ「客観的」で、音やひかりのただなかにいてその境がわからなくなるとき、わたしはその動きのなかで生きるのかなぁと、思った。
このことを感じるのはもう何回目、なんだけど、また新しい方面からやってきたかんじ。
塗り直し、にじんでまた生まれ変わり。


ワークショップで新しい動きや挑戦に出会うことも素敵だけれど、こうして新たな感覚に出会うことって、たからものだ。