ワークショップ1 日目
自分のからだの中にまっさらに耳を澄ませることは難しい。
この、ただの物体としての複雑さ以上の絡まりを感じる。入り組んでいるだけじゃなくていらない、どこにも通じていない破片や糸くずのような雑念がなんて多いんだろう。
ただの管みたいにすとんとシンプルになりたいのに。
耳を澄ませて手を伸ばしてもかならずその雑につきあたって、遠回りをしたり、かえって閉ざしてしまったりする。
自分の体をある程度把握しているから、ということもあると思う。
動くことには慣れていて自分のなかにいくつかの動きのパターンがある。反応のパターンができている。
私はその、自分のからだの語彙の貧困さを知っているから、新しいものを探したくて耳を澄ます。
知っている動きは忘れて。通り一辺の、つくった演じ方をやめて。
なのに私のからだは、楽なほうを選ぼうとする。こんな動きを知っているよ。こんな表情やシチュエーションを持ってるよ。
インパクトに対して即座に反応して生み出して、それをこころや感覚だけの動きにとどめず表にまで膨らませる。
その過程に嘘があるのはいやだけれど、私は真っ暗な部屋でひとりそれをしたいわけじゃない。
だから、嘘と演じること、の責めぎあいの間でいつも曖昧な答えしか出すことができない気がしている。
だから、曖昧にしか見えないだろうと思うと冷や汗がでちゃうくらい。
昨日のワークショツプで久しぶりに長い時間コンタクトインプロをやった。
私はひとと接しながら動いたり、ひとと息を合わせたりすることが今のところとても苦手だ。
昔から動きが乱暴な質だし、もしかしたら細かく方向音痴だからかもしれない。
繊細に相手のちからの方向を感じ、意図を読み、反応を返す…というその一連の動きを繰り返すなかで、どこまで素直に物理に従えばいいのか、どこから意志が生まれていいのか、コントロールすることを忘れてしまう。
ということはつまり、からだが鈍いんじゃなくて考えることが鈍いんだなぁ。
からだとあたまがまだ喧嘩をしている。
からだが器用なところはあたまがそれを阻止するし、あたまがからっぽなところはからだが自由に動きすぎて見せるものにならないし。
そんなことを再確認しながらも、コンタクトインプロを長くやることでその体のなかのからまりがほぐれ、「さら」に近づいた瞬間が確かにあった。
接している部分のことだけを考えて、ただそのちから関係のことを皮膚で感じる。
相手のその手も迷っていることを感じる。
次どこへ導こうかな。
反対の手へ意識が移行する。
だんだん押し返しているのか私が導いているのかわからなくなる。
ワークショツプは4日間。
日曜日にshowingがある。
なにがみつかるかなぁ。
はなさんが先生と友達みたいで「見に行くねー」とか軽い感じで言ってたので、冷や汗がでた。
この、ただの物体としての複雑さ以上の絡まりを感じる。入り組んでいるだけじゃなくていらない、どこにも通じていない破片や糸くずのような雑念がなんて多いんだろう。
ただの管みたいにすとんとシンプルになりたいのに。
耳を澄ませて手を伸ばしてもかならずその雑につきあたって、遠回りをしたり、かえって閉ざしてしまったりする。
自分の体をある程度把握しているから、ということもあると思う。
動くことには慣れていて自分のなかにいくつかの動きのパターンがある。反応のパターンができている。
私はその、自分のからだの語彙の貧困さを知っているから、新しいものを探したくて耳を澄ます。
知っている動きは忘れて。通り一辺の、つくった演じ方をやめて。
なのに私のからだは、楽なほうを選ぼうとする。こんな動きを知っているよ。こんな表情やシチュエーションを持ってるよ。
インパクトに対して即座に反応して生み出して、それをこころや感覚だけの動きにとどめず表にまで膨らませる。
その過程に嘘があるのはいやだけれど、私は真っ暗な部屋でひとりそれをしたいわけじゃない。
だから、嘘と演じること、の責めぎあいの間でいつも曖昧な答えしか出すことができない気がしている。
だから、曖昧にしか見えないだろうと思うと冷や汗がでちゃうくらい。
昨日のワークショツプで久しぶりに長い時間コンタクトインプロをやった。
私はひとと接しながら動いたり、ひとと息を合わせたりすることが今のところとても苦手だ。
昔から動きが乱暴な質だし、もしかしたら細かく方向音痴だからかもしれない。
繊細に相手のちからの方向を感じ、意図を読み、反応を返す…というその一連の動きを繰り返すなかで、どこまで素直に物理に従えばいいのか、どこから意志が生まれていいのか、コントロールすることを忘れてしまう。
ということはつまり、からだが鈍いんじゃなくて考えることが鈍いんだなぁ。
からだとあたまがまだ喧嘩をしている。
からだが器用なところはあたまがそれを阻止するし、あたまがからっぽなところはからだが自由に動きすぎて見せるものにならないし。
そんなことを再確認しながらも、コンタクトインプロを長くやることでその体のなかのからまりがほぐれ、「さら」に近づいた瞬間が確かにあった。
接している部分のことだけを考えて、ただそのちから関係のことを皮膚で感じる。
相手のその手も迷っていることを感じる。
次どこへ導こうかな。
反対の手へ意識が移行する。
だんだん押し返しているのか私が導いているのかわからなくなる。
ワークショツプは4日間。
日曜日にshowingがある。
なにがみつかるかなぁ。
はなさんが先生と友達みたいで「見に行くねー」とか軽い感じで言ってたので、冷や汗がでた。