呼吸のひとくぎり | アマヤドリ

呼吸のひとくぎり


昔のお母さんはやることがたくさんあった。障子は張り替えなきゃいけないし季節ごとに布団の綿も取り替えなきゃいけない。朝からご飯を炊いてお弁当を作って…。
お風呂に入ってラジオでそんな話を聞いているうちに、私がおばあちゃんに対して感じている毎日を丁寧に生きるという感覚のことを思い出した。

おばあちゃんはどこに出かけるでなくとも朝ちゃんと決まった時間に起きてお化粧をする。おじいちゃんにお線香をあげる。季節のくだものを買ってくる。食器を使ったら必ずきちっと洗い拭いて、もとの場所に戻す。
特別なことはない。当たり前に、そんなふうに毎日を繰り返す。

私は日本の感覚がとても好きで、日本の四季や行事や決まりごとが好き。
そういうものを楽しむにはそのために動きだすことと、次のイベントに進むための片付け、それから次のことへの間のようなものが必ずいるんじゃないかなぁとふと思った。
ひとつひとつのことを区切ることで個々のイベントが際立つ。
たとえば季節ごとに衣替えをしてタンスを入れ替えることは心を区切ることで、もしかしたら入れ替えもせずにただタンスをかき回していたら何の間も持てない。季節が変わることにもしかしたらほんの少し鈍感になるかもしれない。
曖昧にだらだらと切り替えなく乗り継いでいったら、丁寧にひとつずつシンプルに感じてゆくことはできないんだ、きっと。それぞれへの感覚が薄まってしまう。薄まってしまうと連続しているという感覚も稀薄になる。
区切るからこそ連続性を感じるなんておもしろいけれど、たぶんそういうことだ。

そういう繰り返しの積み重ねを味わうことが、もしかしたら私に必要で、そこを大事にできたらもっと色は鮮やかに見えるんじゃないか。という気がした。

それからこのことはまたまた、踊りにもつながるのでした。
面白い。