逆の作業、輪郭のこと
いたでを受けることなんかへっちゃらなわたしだ、と思ってきたのだけれどほんとうはかちかちしたところがあって、どうしてそこをかちかちにさせたのかの所以を忘れているにもかかわらずただ継続してまもっている。ようなところがあるのだろうと思う。そこを解いたところで本当にいたでを受けるわけじゃないかもしれないのに。
というよりも、ただ、解き方がわからないだけなのかも。すっかり落ち着いてしまっているからかちかちの有りどころすらが、もうわからなくて。
だけど少し、今日はそこにするする糸がおりてきた感触があった。
これは踊ることだけじゃもちろんなく、私の性格すべて、私の問題すべてに関係していることだから、そこにひかりがあたったというだけでものすごい大きなきざしなんだろう。
きざしをきざしのままでほっておかないように。
ここでルーズになることがたぶん一番、かちかちにさらに殻をかぶらせる。
大きな助言だったり、そのことには直接触れなくてもあ、と気付かされることだったり、気付いたことをことさら意識できないまでもなにか景色の色や明度がかわったり、
いろんなしあわせにあふれている。
へんてこな自分を隠すようなへんてこさは、かなぐりすてたいな。
そうやって迷うことも悪くはないのだけれど。
もしこうして踊るなかでつきあたることがなければ、私はこんなに自分のことをこと細かに考えたり感じたりしようとしただろうか?