呼吸、虹のろうそく
リハーサルの後友達とガレットを食べる。寒くて変な天気の一日だったけれどそこから切り離されたみたいにあたたかいサスが目の前の顔におりていて、つくる影をずっと見ていた。
友達とこうして深い話をすることが増えた。
そのたびに練り直したり、ちいさく発見したり。
もどかしいな、ことばって。でもそのもどかしさ全部で伝わっていることもあるのかもしれない。たとえ正確にそのことをさせなくてもお互い響いたり、ちかちか遠くにヒントのひかりが見えたり、たぐりよせたり。
これもそう、答えばかりを求めてるわけじゃないからいいんだった、とおいておけることはそこに、漂わせておく。
いくつになっても確信したと思えることがほとんどみつからなくていつも手探りだ。
香りはする。
色の温度も感じている。
だけどぴしりと定着することがなくてふわふわと綿毛のように遊んでいる。
ずいぶん年下の友達と話して、そんな部分も曇りなくすっとことばにしたりよどみなくつかんでいるらしいことを感じると、はぁ、私はほんとにどうしたものだろう、と苦笑いしたくもなる。
けれど。
私だけはわたしの歩みを否定してもはじまらない。
ちりちりと積もってきたことがいまようやっとすとんと落ちてきた(らしい)ことは認めてあげていいし、すとんと落とせないこの感覚をただ感じる、そのなんともいえない心地も知っているのだもの。
今日は柘榴のお香を焚いて、寝るんだ。