さそり座に見守られて

舞台記念&誕生日にいただいた室内プラネタリウム
。
組み立ててみました。
わーい♪
実は器用と思われる友達に手伝ってもらった。
工作って楽しいな。
だけど私は小説も結果が知りたくってどんどん斜め読みしていってしまうようながさつな心を抑えきれないような人間なので(そしておまけに斜め読みしたことを後悔しちゃうから面倒なのだけれども)この「作る過程」というものを心から楽しむことができずできればすっ飛ばしちゃいたいと鼻息が荒くなってしまって、なんだかゆとりみたいなものが足りないなあと思うのでした。
楽しめるはずなんだけど、なんだか変なテンションなんだ。レストランで回転率を上げるために早い音楽をかける、みたいなことを自分でやっちゃう。
だからこそ友達に手伝ってもらったんだけど。
将来旦那さんがもしできたとして、毎日夕ご飯を作ってあげることに自分が飽きるのではないかと不安だ。
このセリフを口にした途端きっとだんなさんになりたいってみんなあんまり思わなくなっちゃうんだろうから私ってチャレンジャーだなとは思うけれど、結構本気でよく言ってる。困った狭き門です。
だってすごく時間がかかるし。できないくせにあれもこれも!創作料理しちゃったりするから作り終わるとへとへとだし。
まあぜんぶ言い訳だけど。
だけど、たまにでいいから一緒にご飯を作ってくれたらわりと長いこと飽きないんじゃなかろうかとは思う。
だれかと一緒になにかをするの、好きだ。
小さいときも弟と一緒にだったらお皿洗いとお皿拭きをするのが楽しかった。私が洗って、弟が拭く。どっちが早いか。
食器置きかごにどれだけお水が溜まっちゃうか。そこから垂れるお水が切れる前に、布巾を洗うところまでたどり着くか。
大人になったのにやっぱり変わってない。
面白そうじゃなければ、すぐ面倒くさがるところ、ちょっとはなだめすかさないとな。こないだ月占い(?)で「こつこつとやること」って出たし。
さもないことをさりげなく、丁寧に、できるような女性になりたかったな。
寝るときにお部屋をプラネタリウムにして寝た。その日は獅子座流星群が見られなかったから星に包まれたことが嬉しかった。
私の星座、さそり座が目立つようにちょっとずるをして星を足す。
光ってこんなにまっすぐに進むんだな。もうちょっとぼやけちゃうかと思っていた。
こうして感動したり、嬉しいって感謝したり、からだの奥にまでしみ込んだはずのあたたかい気持ちをいつまでもいつまでも大切にしたい。
感触よりはものごととして覚えておくことのほうが苦手かもしれない、と思い込んでいた自分の性質を悲しく思った時期もあった。
感触は霧のようだから、ことばとかものごととして記憶したものを媒体にしないとうまく捉えることができなくて結局はぼおっとどこかに消えていってしまうんじゃないか、って。動物みたいに言葉がないからなにもかもが曖昧でとどめておけないんじゃないか、って。
でも私のいけないところはきっと自分が飽きたり、忘れたりすることに対してただただおびえていたというまさにそのこと。
おびえてる暇があったらもっと自分の得意な感じることをふむふむ、ってやってみたらいいんだ。楽しまないとできないと思うのなら楽しくしたらいい。言葉としてちょっとでもひっかかりをつくっておきたいならメモとかしたらいいし。
あ、だからこうして日記を書いたり写真を撮ったりするのかもな。
私はすぐに間違っちゃう。
まだ未熟なところがあって、間違ったことを口走ったり、やっぱり忘れたり、自分の身が可愛かったり、ずるかったり。
いつもそれを反省できますように。
それを訂正できるチャンスがありますように。
二度と修復できないようなひどいことを、しちゃいませんように。

見えるかなあ?
さそり座が壁に映っているところ。
本当に綺麗なの。
一晩つけっぱなしにするとちょうど電池が切れちゃうのは、朝起きると星が見えなくなるのと同じ。