すじみちはないみたい | アマヤドリ

すじみちはないみたい

なんかいも、生まれ変わったみたいな気持ちになっている。
当たり前のことがわたしにとっては当たり前じゃなくてそれは自分が未熟だからだとずっと思い込んできた。だけどそう思い込むことにはなんの意味もなくて、意味があるとすればそれは自分に対する首輪であるということだけなのかもしれない。
かといってこの思い込みが私をマイナスにマイナスに、導いていたと感じているわけではない。
マイナス思考もときには必要で、マイナス思考から派生すること、結果も過程もすべて私のものだからと思えるくらいわたしは強いから。幸せなことに。

生まれたばかりのときに目にした光や、だんだん色が見分けられるようになっていく頃、そしてママやパパを知って自分を知る。
宇宙の爆発くらいに大きなできごとがわたしには積み重なってきたはずなのに、それらはすべて均され、慣らされ、今、記憶のなかにあるでこぼこは丘や凹地くらいだ。
海溝やグーグルアースみたいな視界を得たかったら、わたしは毎日なにを頑張っていたらいいんだろう?

うん。
わからない。
わからないよね。

質の違いもあると思う。
もしかしたらそれすら変えるできごとに巡り合う幸運もあるのかな。


頑なに鎧を着ていたり、荒く走り回っていたり暴れ回っていたりしては黄色い蝶が肩にふっととまったことにすら気付かない。

どうしたらぐっと入っていた力を抜いたり、すうっと水を撫でるみたいなやさしい指でいられるだろう。

それにはやっぱり、考えたりしてるだけじゃダメなんだ、きっと。私は。
動いて削って、息も絶え絶えになって死にかけの時にわかることがあるし、
きっと今はそれが必要。
無理をしよう!とか思っているのとは違って。
迷ったり選びそびれたりすることが、なんて多いんだろうと思うから。