蛍/蛍の光
本当は友達が調べてくれた、旅館から少し離れた名所に行くつもりだったんだけれど、旅館のご主人がこの近くの沢でもたまに見えることがありますよと教えてくれたのでまずはそこを見にゆく。
さっきご飯の前に登ったほうにも行ってみたけれど本当の闇みたいになっていてこれ以上は無理だね、と引き返し別のちゃんと舗装されている道を行く。
どんな明るさで蛍の光は見えるのかということを私はよくわからなかったから、とても集中して闇を見ていた。ちょっとでも光を反射しているものは全て蛍のような気がした。雨の名残の露とか、葉のつるつるしたところとか。
不意に、規則正しく強く光りながら蛍が私たちの方に飛んできた。
蛍は光っているときにははばたいていないのだろうか?少し高度が落ちる。見えないうちにまた少し高さを持ちなおして、またやや落ちながら、光る。それを繰り返しながらゆうゆうと私たちの頭上を通り過ぎていった。
音もなく、夢みたいな変な時間の感覚を残して。
何だ、すごい!
と感動はしたけれどそれはいつもの押し寄せる、心臓を揺さ振るような感動じゃなくてもっとしめやかなものだった。線香花火みたい。お葬式の夢みたい。
うまく表現できないけれど、しいんとした、小さな波紋みたいな。
やったね、見たね。
と話しながらもう少しすすむと、脇の草むらにたくさんの蛍が光っていた。
まるでクリスマスの飾りみたいだった。ちっちゃい豆電球みたいなきらきらした光。近づいても全然逃げない。それどころじゃないのかな。手に乗せても少し困惑したような動きは見せても、静かに歩き回るだけで逃げはしなかった。
邪魔してごめんね、と降ろしてあげてしばらく見とれる。
蛍はおしりの先端が光るんじゃなくてお腹がわのやわらかそうなところが光ってるんだ、と知る。
蝉とか蛍とかってさ、何年も全然違う姿で土の中とかで堪え忍んで、子供を作るためにきれいな姿になったはいいけどすぐに死んじゃうんだよね、と友達が言う。
そうだよね、と私も言う。
生きていくことって本当はなんなんだろうね。
蝉とか蛍とか、もしかしたら人間も、生きている意味は個にはないのかもしれないよね、蝉なら蝉全部、がひとつの生きもので、それを存続させることが生きる意味なのかもしれない。
人間は蝉と違っていろんな趣味や目的があるように見えるけれど結局のところそれは子供を残すということに付随することであって(たぶんそこからの逸脱もたくさんあるわけだけれど)やっぱり人間が何世紀も生き延びることに意味があるんじゃないか、
というようなことを話す。
それとも、
意味なんてまったくないのかもしれないし、
生物に最終的な目的なんか特にないのよね、というふうに落ち着く。
だってなんかそれじゃあナウシカの世界が誰かによって操られていたみたいに、この世界に何かの意志が働いているみたいだもの。そんなことあまり考えられない。
…やはりうまく言えないけれど。
蛍の光は思ったよりも強いものだった。
でもこれで勉強はできないよね、と言う。
★ ★ ★
葉っぱが二枚しかついてない?と思ったけど、全部そろってこういう形で可愛かった花。
アジサイの向こうに、熱帯の木みたいのがある。
あんまり写ってないけど。
バナナ?と思うような葉の大きさ。
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▼getter123さん『孤独な蛍』
▼kazekさん『蛍』
すごくきれいな蛍の光の写真があります。

