発信、來來軒 | アマヤドリ

発信、來來軒

昨日はバイト先の若い男の子が移動になるということで、送別会。

若い、とか関係ないのかもしれないけれどもしきりと女の子の隣に座りたがる。

私ともうひとり、その男の子をかわいがった(いじめたとも言う)人を親分に持つ二人がその子をはさみ、うんうん、と色々聞いてあげる。

23歳くらいなのかと思っていたけれど実際には25歳で、思ったよりも若いわけではなかった。顔がちっちゃくて赤ちゃんみたいな肌なのでとても年下だと思ってしまっていたのだけれど。


23歳、と25歳、って随分ちがう。

25歳を過ぎると男の子はなんだかちがう。


話を聞いていると様々な矛盾がその子の中に渦巻いているのが見て取れる。

きっと話したいことの10分の1も、うまくは伝わっていないと思うんだろうな。



ひとと話していると、どうして私は話しているときにその言葉をそのまま受け取るのではなくてその言葉を通じて何を掘り返されているか、という自分の内面のことばっかりに心が向くのだろう。

そして、何をこの人は感じてほしいと考えているのだろう、ということを考え、受け答えている。


だから自分の中にある感覚に近いひとだとその洞察がある程度はまって会話がスムーズにいくのだけれど、そうじゃないととんちんかんちんな結果になりがちな気がする。


自分の引き出しにないものは理解出来ない、

ということなのかな。

私は。

理解というか、想像か。

うん、そりゃあ、当然のことなのかもしれないけれど。




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土曜日はのんびり仕事ができる。

空も青いし。


業者さんに、お昼に木場にあるラーメン屋さんに車で連れて行ってもらった。

もうその人が25年も通い詰めているラーメン屋さんだそうで、タン麺と餃子しか出さないといっても過言ではない、ようなお店。

確かに美味しかった!

麺がうちのおばあちゃんの作るおほうとうみたい。

おばあちゃんのおほうとうは最高に美味しいんだ。

それから餃子がぎゅっと詰まってて肉汁が甘い。焼加減も絶妙。


美味しかったしドライブも出来たし満足。



おじさんたちと対等にお話ができるようになりたい。

いつもからかわれたりしてにこにこしてしまう。

もっとちゃんと話をしたいのになあ。女の子みたいじゃなくて。

なかなか自分に厚みがなくて、それが恐くて話せない。



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昨日の若い男の子は、

そんなことものともしていないみたいだった。

若いなあ、って思われることなんて恐れる必要ないんだよな。

つまんない、って思われるのが私はきっと恐いのだろう。


コミュニケーションなんだから。

私の言葉の上滑っちゃう部分も、別に見せたっていいじゃない。

それで黙っちゃったら本当にただ、ドイツにいたときのパーティー会場の私みたいになっちゃう。



自信がないことだけは自分にしかどうにもしようがないもんな。


よし。