ただ傍に。 | アマヤドリ

ただ傍に。

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フレドリクソンとの長い友だちづきあいで、わたしがいつも感心したのは、かれが、人の気持ちをしずめてなっとくさせるのに、なにもとくべつ意味のあることをいったり、むずかしいことばをつかったりしないことでした。

~ムーミンパパの思い出




焦っていろんなことを伝えようとしなくてもいいのかもしれない。
ただ目を見たりそばにいて感じる空気で、ある程度のことはわかるものだから。そういう肌の感覚で、意外とさまざまな判断はされているのかもしれないから。

私の通う美容師さんはとても丁寧にことばを選んでぽつりぽつりと話すひと。その空白に私はいろんなことを思う。
私は伝えたくて焦るばかりでその間を与えていないかもしれない。いや、話が下手だから話どおしというわけでもない。ただ、きっとその空白のなかには私が色んなことを頭に巡らすぐるぐるという音が響いているのだ。

ふと、そのひと自身に立ち返らせるその瞬間。
きっとこれは意識してできることではないのかもしれないけれど。
もしかしたら私がもっと冷静に、相手を感じたりしてみたらいいのかもしれない。
もしかしたら。


私にとって会話は組み手に等しい。
緊張しちゃって、変に力が入っちゃうとうまくいかないし(大抵そうなる)。
柳のように受け、効果的に打たないとな。

下手に手数をうつのだって、おもしろくてよいのかもしれないけれど。



子供の頃どうやって友達といたらいいかわからなかった。いつもおもしろいことを言ったりどきどきさせないといけない気がしていた。
黙っていて一緒にいることが平気でいられる友達ができたのはいつのことだろう?

でも小さな頃から私のなかのある部分は、基本的にはまったく変わっていないのだ。
おどろくくらい。


トーベ・ヤンソン, 小野寺 百合子
ムーミンパパの思い出