マリオネットの糸 | アマヤドリ

マリオネットの糸

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稽古にて。

本気で動くということ。
呼吸をあわせようとしているうちに自分の踊りを、音楽を見失う時がある。
私がなにをやりたいか、何を見せたいか。ポーズじゃなくてどんな軌跡を見せたいか。
そうだよね。
そうだった。

音を視覚化する。
それがこのカンパニーの立ち上がり当時のうたい文句(?)だったらしい。
音や光になること。
まさに私がなんとなくいつも憧れていること…じゃない?


頑固だから自分と感覚がちかいひとの振りや、それこそ感じ方そのものはすっと受け入れられるけれど、そうじゃないとつい疑ってかかってしまう。こっちの方が気持ちがいいのになって。この方が空間に残れるのに、っていう風に。
でもそれがこだわり以上のモノになってしまってはいけない。固執になってそれが耳をふさいじゃったら未来が見えなくなっちゃう。客観的にみて言われたことって、そう感じるお客さんもいるっていうことなんだから。
まるごと取り入れてみよう。そしていつでもそれを捨てないで全部抱えておく覚悟で。
自然と抜け落ちてゆくし、無駄なものがあったとしても混ざり合い、混ざれなければ気化してゆくから。


空間と遊ぶことは楽しいな。
すごく空間を広く感じて負けてしまうように思うことがある。稽古場のあの狭いスペースですら。
そういう時は私から発せられる光とか雰囲気がしぼんでる時。
いかにいざという時にここを放出できるか。
それには自信とか下積みしたものとかやさしい気持ちとか観にきてくれるひとの思い、観にきてくれるひとへの思い、とかそんな全部が関わってる。
すごいな。
結局ここまでくると全部心のありよう。生き方、なんだよ。
だから幼い私は恐れを知らずに、でも無垢に踊る。すべてがそうじゃない。強い私は自分を振り回す。振り回される。

すべてつまってる。
対話みたいに。
一週間みたいに。

それとも私がそう感じてるだけなのかな。私が、そう見立ててなにかを投影しようとしたいだけなのかな。


振り向いたら満月だった。




★   ★   ★



携帯だからとってもへたくそな、本当は満月。

(でも実はこのあとデジカメでとってもこんなだった)





TRACKBACK

あいちゃん が新体操を見て、私を思い出してくれたとのこと。

 めちゃめちゃ嬉しいのでTB。