感覚を飛ばすことについて | アマヤドリ

感覚を飛ばすことについて

発表会が終わったら辞めるはずだった女の子二人が、やっぱりダンスを続けたいと言ってくれた。辞めると聞いたときには本当にがっくりしたから(がっくりしすぎて日記にも書けなかった)、辞めないでくれることが本当に嬉しい。


金曜日はレッスンの組立もちょっと考え直した。

分からないかもしれない、と思わずにもっと体のことを考えさせてみよう。足の指先の使い方。床をつかむ感触。ジャンプするときに弾くつま先。

自分の手や、背中や、膝の裏や、感じたことのない部分がないように触らせる。
別に覚えてくれなくったっていいんだ。あの場で、あの時間だけでもその感覚を体験してくれれば。


発表会を見て、そして他の先生たちと話していて思ったのだけれど、やはり私と、HIPHOPの先生たちの下地は全然違う。私には教えられないこともたくさん。できない動きもたくさん。
でも私にしか出来ない事がたくさんある。
逆にあの世界で私は特殊なのかもしれない。体を感じること。芯を保つこと。空気を動かすこと。繊細さや、気持ちのこと。

うん。
だから自信を持って伝えよう。



最近パソコンを使っていて発見したのだけれど、マウスを自分の右手で触って操作すると画面に矢印が出る。その矢印を、遠隔操作する感じ。
それって、人の踊りを見て自分に取り入れようとするときの感じに似ている。つまり、振りを覚えられない人、先生の真似が出来ない人はそんな風に、相手のように動こうと思うんじゃなくて、こんな風にどちらかというと自分から働きかけていると思うといいかもしれない。

これは取り入れるときだけじゃなくて、多分踊るときに自分の姿を頭の中に投影しているときの感覚にもやや似ている。
舞台の中で自分がどんな風に踊りどの位置にいてどんな様子で映えているか。



最近子供のおもちゃでも、手元の板に字や絵を描くとそれが画面に映されるものがある。
私たちの小さい頃にあった、「せんせい」の発展バージョンだ。

驚く。

あの感覚に子供の頃から慣れるってどんなだろう。果たしていいことなのか...ちょっと疑問だ。
直接の大きさや距離感を知らぬままあの感覚に慣れてしまってはいけない気がする。


なんだか危機を覚えた。