デジャ・ヴ | アマヤドリ

デジャ・ヴ

昨日はまたcafeに入り浸るために安部公房の『砂の女』を買ってしまった。
安部公房は小さい時に家にあった本を読んでとても皮肉な感じで、でも面白いと思った覚えがあった。いつか手をつけようと思っていたのだ。
砂に包まれた村に、囚われてしまう男のひとのはなし。
この気の狂いそうな狭い空間、というのはすごく覚えがあって、何だろう?と考えたらそう、やっぱり安部公房なのだ。その小さい時に読んだ本というのがたしか核シェルターの話だった。たしか。
この閉塞感はひとりぼっちで家にいるときに読むのはちょっとつらいかもしれない。
もっと元気な時に読んだら楽しめそう。
お芝居の脚本が浮かんできそうな気がする。実際この話はお芝居にされていると思うけれど、そういうことじゃなくて。狭い空間に対して私が多分特別な感覚を持っているからなのだろう。

続きはまた今度読もう。


今日もお昼寝をしたので夢をたくさんみた。
私はあのひとにたくさん質問をしていた。
不思議だけれど、こうして夢を見ることで分かったような気になって、癒されてゆくことがたまにある。自分なりの治療方法なのかもしれない。
ああ、でもこう書いてみて気づいたけれど、その夢に毒されることもやはりあるからやはり心の方向を示しているにすぎないのかな。

治療というのならばこうして書いていること、これがもしかしたらとても私にはよいことなのかもしれない。
なにもかもしっかり覚えておきたいから。


著者: 安部 公房

タイトル: 砂の女