私の生い立ち
物事の因果というのは、探り出せば終わりがないものです。私がこの病気になったのも、きっと辿っていけば生い立ちから因果があるのだと思います。
私は関西のとある街で、3人姉妹の長女として、高齢の両親から生まれました。私を産んだとき、母は30代半ば、父は40代後半でした。初子だったのもあり、私は蝶よ花よと育てられ、すくすく育ちました。発達段階では過集中など、自閉的な要素も見られたそうですが、「障害」と診断されるまでにはいかない至って普通の子どもでした。ただ、読み書きを覚えるのが早い、受け答えがやけに大人びていることもあり、両親は私を神童であるかのように思っていた時期もあるのだと感じます。
小学生になって
小学校に入っても、私は秀でた子どもでした。テストはいつも満点、受け答えもはっきりした優秀な子、とよく評されていたことを今も覚えています。実際、自分に求められている立ち位置は理解していたし、その通りに振る舞うようにしていました。周りの期待に応えられている自分は誇らしかったし、それに応えることはこれっぽっちも苦痛ではありませんでした。
少しずつ雲行きが怪しくなり始めたのは、小学校高学年になってからでしょうか。もちろん、この頃も優秀な子としての矜持は保っていました。そんな私が県内の有名公立中学に進学することを望み、中学受験を意識し始めた父が、私の勉強に対してありえない熱を注ぎ始めたことがきっかけです。元々父は祖父に厳しく躾けられ、教師になったバックグラウンドがあることも影響し、「私を立派に育て上げないと」という意識が強かったのだと思います。
平日休日問わず1日8時間ほどの勉強は当たり前、できない問題には声を荒げて怒り、時には私にペンを投げつけたり殴りつけたこともあります。「愛されていない」とは思いませんでした。期待が行きすぎたものなのもわかっていたし、愛されているのもわかっていた。だからこそ、それに応えられない自分のもどかしさも相まって、辛かったです。母は父が声を荒げたときのみ制止してくれましたが、私を連れて逃げ出してくれたり、誰かに相談してくれたりと特に何かアクションを起こしてくれるわけではありませんでした。父の行動を良しとしているわけではなかったと思います。でも、そうやって私は、「この家の中で私はひとりなんだ」と考えるようになっていきました。
そして、私はストレスが溜まると家に買い置きしていたお菓子やアイス、カップラーメン、菓子パンを部屋やトイレで隠れて食べ、ゴミを自室のタンスへ隠すようになります。この頃は「過食」というほど大量には食べていなかったように記憶はしていますが、いずれにせよそれは私なりの一種の回避行動だったのではないでしょうか。食べたことを咎められるのが怖い、怒られるのが怖い。だからこそ、食べた残骸を隠して嘘をつきました。そういったことが積み重なり、標準体型だった私は日を追うごとに太り始めます。小学5年生くらいからは、保健室から肥満注意の封筒を渡されるほどになっていました。
小学6年生、私は受験を諦めました。原因はいくつか思い当たりますが、やはり1番大きいのは、本当は元々、私が地元の中学校に通いたいと考えていたことです。私は地元の友達が好きだったし、優秀な子たちの中に放り込まれて切磋琢磨するよりも地元でのびのびと中学生生活を謳歌したい、どこまでいっても普通の子だったのです。父はそんな私を怒りませんでした。しかし「中学受験を自分のわがままだけで投げ出した出来損ない」の私にひどく失望したようです。また、私が密かに学校の先生に父からの躾を相談し、それに対してのお叱りを学校から受けたこともあり、手を上げる機会が減った代わりに、顔を合わせる度に私を詰るようになりました。暴力を振るわれることがなくなって一安心、とはいかず、私は日に日に心を病み始めます。これ見よがしに浅いリストカットを行い、夜中に家の食料を食い荒らし、それを隠す。
廃れていく生活の中で唯一救いだったのが、当時の学童の先生でした(O先生とします)。O先生は学童の先生にしては珍しく、20代中盤の男性でした。男性経験はもちろんなく、また精神的に弱りきっており、誰かに縋りたかった私にとって、優しく、ユーモアのセンスがあってしかもハンサムなO先生は同級生なんて比べものにならないほど魅力的に映りました。言うまでもなく恋に落ちた私は学童目当てで小学校に通い続け、結局ほぼ皆勤賞で小学校を卒業します。思い出すのも憚られるくらい小っ恥ずかしいアプローチを何度も行いましたが、もちろんO先生との展開は何もなく、後ろ髪を引かれる思いはありつつ私は中学校へと入学しました。
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想定より長くなってしまったので、ここら辺で区切って続きは次回、とさせていただきます。
私の生い立ち序盤編はいかがだったでしょうか。自分の生きてきた日々について書き起こすのはなんだか恥ずかしいし、正直昔の自分と向き合いたくない自分もいます笑
ですが、こういったブログという場だからこそ語れるものもあると信じ、見てくれているどなたかのために綴り切りたいと思います。
次回はもっと摂食障害の片鱗が出始める回になります。まあ、マイペースに書いていくので気長にお待ちください。
今回もご覧いただきありがとうございました。