こんばんは。5月も、いよいよ終わりに差し掛かってきましたねぇ。
いかがお過ごしでしょうか。
相変わらずのコロナ禍で、疲れもイライラも募ってんのが本音かもしれんね。


さて、今回の聖書のおはなしですが。最初に、皆さんに一つ質問します。
唐突ですけど、交通違反してしもた経験のある方は?
実は、私も、恥ずかしながら、その一人なんですよね。(苦笑)

 


先々週の土曜日の午後。
教会学校オンライン礼拝収録の為に、自家用車で教会に行ったんですが・・・、
もうすぐ教会に着く手前の場所で、一旦停止せんなん場所があってね。
でも、普段なら停まるのに、その時は急いでて。
そのまま止まらんと行こうとしたら、イケメンのおまわりさんが二人いて。
赤旗もって『ハイハイ。停まってくださぁーい』って。あ~あ、違反切符きられたな、と。

決められたルールには、従わんとアカン。
でも、破ってしまった結果、とんでもない事になったら大変やね。
ルールいうんは、私ら一人一人が安全に過ごす為に、あるんやと思わされます。
それを踏まえて、これから聖書のお話を進めていくことにしましょう。
ただ、モーセの十戒は、全部を説明するとアホゥほど長くなるんで・・・、
今回は、本当の神様を愛する為の4つの教えについて、皆さんに、お話しさせて頂こうと思います。



では実際に、本当の神様を愛するための4つの教えについて、みてみますね。



主が唯一の神であること
ただ、主って言われても何のこっちゃって感じですよね。
主いうんは、私たちと、この世のもの全てをを造られた、目には見えん神様のことです。
クリスチャンたちは、この主だけがホンマの神様やってことを信じてるんですよ。


偶像を作ってはならないこと
偶像・・・これも難しい言葉ですよね。要は、石やら木とかで造られた神様のことです。
さっきも綴りましたけど、本当の神様いうんは、私らの目では、けっして見えん存在です。
例えば梅雨の時期。
大切な行事があると、てるてる坊主を吊るして『♪あ~した天気にしておくれぇ~♪』と、
お祈りしながら歌ったりしますが、あれも一種の偶像礼拝なんやんね。
私自身は、ウチの教会の牧師先生や教会学校の先生から、
『お金とか人気芸能人ばかりに思いを向けるのも偶像礼拝になる場合があるよ』と、
そのように教わったことがあります。
本当の神様以外のものを必要以上に大切にすることは神様が悲しまれることやでと・・・。
少々、厳しいんちゃう?と思われるかもしれんですが、そういう事なんやね。


神の名をみだりに唱えてはならないこと
皆さんは、何か物事を決めるときに『どれにしようかな天の神様の言う通り』って。
そういう選び歌で遊ばれた経験があるかもしれませんね。
私も、イエス様を信じる前、子どもの頃は、当然のように、そうしてました。
でも、実は、これが神様の名前をふざけて使ってることになると教えられてるんです。
神様のお名前を使う時は、ふざけないで、使うべき時に使いなさいと。
そのように教えられてるんですよね。


安息日を守ること
これは、『あんそくにち』と読みます。
週に一度、この世での働きを休んで、神様を礼拝する日にしなさいっていう教えです。
特に、ユダヤの人々は、この安息日が、彼らにとっての生活の中心やったそうで、
7日周期の最後の土曜日に、いつも安息日を守って礼拝してたんですね。
今も、ユダヤ教では、安息日には如何なる仕事もしてはダメだと、決められてるそうです。
ただ、今のクリスチャンの人たちは・・・、
イエス様の復活を記念するイースターとか、イエス様が弟子たちに現れた日。
さらに、聖霊がくだられた聖霊降臨日(ペンテコステ)が、みんな日曜日やったことから
それを記念して、週の初めの日曜日に、教会に行って礼拝をささげてるんですね。


4つを見ると、かなり厳しい教えのように思えるかもしれませんね。
でも、本当の神様を愛するのには、こういう教えが必要やと、神様が定められたんかな、と。
私は、そう解釈しています。



次回は、残りの6つ。この6つも神様が教えてくださったこと。
私たちが人々と共に暮らすために大切にすべき戒めについて、お話をしますね。
どうぞお楽しみに。