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私の気づきは誰かの気づき

自分の内側と深く繋がった時に生まれる言葉は私だけのものでありながら普遍的と感じられ、どこかの誰かと共有したいという思いから書いています。
人生で起こる全ては自分の本来の光を見つける魂の意図であり、その完璧なまでに入り組んだ美しさに驚嘆するばかりです。

 

 

灰色の雲のような

 

 

 

 

 

心の奥にあるもの

 

 

 

 

 

不安の霧や怒りの痛みのその先にある

 

 

 

 

 

想いを見つける

 

 

 

 

 

何を不安に感じている?

何に対して怒りを覚える?

どうして悲しいの?

 

 

 

 

 

さらにその先にある想いまで考えを至らす

 

 

 

 

 

自分を一ミリも諦めないのだ

 

 

 

 

 

見つける、と決めたなら必ず心の奥の奥に行ける

 

 

 

 

 

自分自身の内側へ意識が届くということは、その場を光で照らすと同じ事

 

 

 

 

 

霧のようなモヤのようなすっきりしない感情のその先にあったのは

 

 

 

 

 

「やってみたい」

「本当はこうしたい」

「これが欲しかった」

 

 

 

 

 

それは始まりの純粋な想い

 

 

 

 

 

それを掴む!

 

 

 

 

 

そこから色々なモヤモヤが派生していたと知り

 

 

 

 

内から自然と力が湧いて来る

 

 

 

 

 

あなたの周りで起こるどんな小さな出来事さえも

 

 

 

 

 

あなたの望みを叶えるサポートなのだ

 

 

 

 

 

 

変わりたい、変わろうと力まなくても

 

 

 

 

 

その人その人の最も自然なタイミングで

パッと変われる時が来るのですよね。

 

 

 

この現実世界と取っ組み合って

外側を変えよう変えようと必死になったり

反対に内側を変えなければと焦ってみたり

 

 

 

私も散々やって来ました。

でも一見、要らぬ努力のように見えた後に

ほんの小さなきっかけから肩の力が抜け、

いろんな事が展開してゆき

必要な情報やものが自分宛てにやって来る

 

 

 

花に咲くタイミングがあるように

 

 

 

そんな風な事が起こって初めて

本当の「お任せ」の境地になれるのだな、と思いました。

 

 

 

最初からお任せできる心持ちになれれば

それに越した事は無いのですが

何でもかんでも自分でやる!事を良しとして来たので

 

 

 

「自力=◯」という観念が強かったりします。

でもその観念さえも本当のわたしではないので

今は「そうなのね〜」と眺めるようにしています。

 

 

 

肉体の ”個性” なのですよね。

 

 

 

何軒目かの内見を終えての帰り、

子供の頃から歩き慣れた道の変わらない風景を眺めながら

今までの事を淡々と思い返していた時

 

 

 

ふと目をあげたら

早咲きの梅の花々が、差し込む夕日の中に浮かび上がり

まるで空中に浮かぶ雪のように

息を呑む美しさだったのです。

 

 

 

思いがけずこころが解けて、ゆるんで

 

 

 

自分自身に対して

今までの視点より一段上から見えるようになり

 

 

 

簡単に言えば心に余裕が出て、という事でしょうが

その時の気持ちと

夕日の中に浮かぶ梅の白さが

組み合わさって

 

 

私だけの情景となったのでした。

その時を思い出すと、とても豊かな感情が沸き上がります。

その深く、静かでいて豊かな想いは

いつも私の胸にあって

本来の自分と繋がる扉のような役割にもなってると気づきました。

宇宙からの方向修正のようでした。

 

 

 

その後、抱えていた大きなブロックみたいなものをはっきりと自覚し

手放し

 

 

自分が軽くなるのを実感しています。

 

 

 

始まりはあの梅の木を見た時でした。

 

 

私はこんな経験をした時はいつも

「他力」ということを強く意識するのです。

 

 

自分では分からなくても、自分の力でなんとかしようと力んでいたとしても

本当は常に守られていて

宇宙の拡大の自然なペースの中に在る

 

 

本来の自己と離れなくありさえすれば

それだけで

拡大・発展してゆくことを

身体によって分からされたような出来事。

 

 

これからもきっとこの情景を思い出すのだろうな、という予感と共に

今、記録しておきたくなりました。

 

 

 

 

 

巷では不安や心配の嵐が吹きまくってますが

それもプロセスとして

全ての人が平和で在りますように。

 

 

 


 

「許す」という言葉の響きそのもの

 

 

 

 

 

許すとはゆるむこと、ゆるめること

 

 

 

 

 

第一番に自分自身をゆるす

 

 

 

 

 

思考で思う自分が本当の自分ではなく

 

 

 

 

ハートの、胸の辺りの感覚で

 

 

 

 

こころを聴く

 

 

 

 

 

ゆるんで  ゆるんで   ゆるんで

 

 

 

 

もっとゆるんで

 

 

 

 

愛して   愛して   愛して

 

 

 

 

それさえできたら人生は上出来

 

 

 

 

やがてあなたの波長が変わり出し

 

 

 

 

起こる出来事が変わって来る

 

 

 

 

あなたの愛に引き寄せられて、人も寄って来る

 

 

 

 

何故なら誰もが心底求めているから

 

 

 

 

 

自分自身の愛を求めている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荒れ狂う波が次々と押し寄せて来るような今

 

 

 

 

 

世間には信じがたい事件事故が立て続けに起こり

 

 

 

 

 

誰もが危機感、恐怖、不安の波動に晒されている

 

 

 

 

 

そんな中で、心にポッと明かりが灯るようなひと時があった

 

 

 

 

 

印の組み方を請われた時の事

 

 

 

 

 

「これをすれば亡くなったおばあちゃんの所に光が届きますか?」

 

 

 

 

 

スピリチュアルな話題や、たましいの事など興味が無くても

 

 

 

 

 

内に宿った霊性からの純粋な響き

 

 

 

 

 

亡くなった祖母を安心させてやりたい一心だけ

 

 

 

 

 

その真心が周囲の者の心に溶け込んで、癒してゆく

 

 

 

 

 

全ては本来の自分を思い出すため

 

 

 

 

 

本当の人生が始まるきっかけに過ぎない

 

 

 

 

 

あなたの守護霊の許可なしには何事も起こり得ないのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を信じる事は

 

 

 

 

過去の選択が必然であったと思える事

 

 

 

 

周囲の人や物事は自分の意識の結果であると思える事

 

 

 

 

 

未来を明るく考えられる事

 

 

 

 

 

それらの事が出来なくてもこれから出来ると思える事

 

 

 

 

 

真っ暗闇に居るような気がしてもそれには必ず意味があると考える事

 

 

 

 

 

どんな感情が湧いて来ても決して自分を責めないと決意する事

 

 

 

 

肉体の自分ではなく、本心の自分の存在に気づく事

 

 

 

 

心の声に耳を傾ける事

 

 

 

 

 

あなたはあなたが考えるよりもずっと

 

 

 

 

頑張って来たんだよ