変わりたい、変わろうと力まなくても
その人その人の最も自然なタイミングで
パッと変われる時が来るのですよね。
この現実世界と取っ組み合って
外側を変えよう変えようと必死になったり
反対に内側を変えなければと焦ってみたり
私も散々やって来ました。
でも一見、要らぬ努力のように見えた後に
ほんの小さなきっかけから肩の力が抜け、
いろんな事が展開してゆき
必要な情報やものが自分宛てにやって来る
花に咲くタイミングがあるように
そんな風な事が起こって初めて
本当の「お任せ」の境地になれるのだな、と思いました。
最初からお任せできる心持ちになれれば
それに越した事は無いのですが
何でもかんでも自分でやる!事を良しとして来たので
「自力=◯」という観念が強かったりします。
でもその観念さえも本当のわたしではないので
今は「そうなのね〜」と眺めるようにしています。
肉体の ”個性” なのですよね。
何軒目かの内見を終えての帰り、
子供の頃から歩き慣れた道の変わらない風景を眺めながら
今までの事を淡々と思い返していた時
ふと目をあげたら
早咲きの梅の花々が、差し込む夕日の中に浮かび上がり
まるで空中に浮かぶ雪のように
息を呑む美しさだったのです。
思いがけずこころが解けて、ゆるんで
自分自身に対して
今までの視点より一段上から見えるようになり
簡単に言えば心に余裕が出て、という事でしょうが
その時の気持ちと
夕日の中に浮かぶ梅の白さが
組み合わさって
私だけの情景となったのでした。
その時を思い出すと、とても豊かな感情が沸き上がります。
その深く、静かでいて豊かな想いは
いつも私の胸にあって
本来の自分と繋がる扉のような役割にもなってると気づきました。
宇宙からの方向修正のようでした。
その後、抱えていた大きなブロックみたいなものをはっきりと自覚し
手放し
自分が軽くなるのを実感しています。
始まりはあの梅の木を見た時でした。
私はこんな経験をした時はいつも
「他力」ということを強く意識するのです。
自分では分からなくても、自分の力でなんとかしようと力んでいたとしても
本当は常に守られていて
宇宙の拡大の自然なペースの中に在る
本来の自己と離れなくありさえすれば
それだけで
拡大・発展してゆくことを
身体によって分からされたような出来事。
これからもきっとこの情景を思い出すのだろうな、という予感と共に
今、記録しておきたくなりました。
巷では不安や心配の嵐が吹きまくってますが
それもプロセスとして
全ての人が平和で在りますように。