かずゆきさんの自宅という要塞。

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「リネトロン」
三十年前、世界で初めて人間に感染したコンピューターウイルスの名前である。「感染」私たち人類はコンピュータの世界の中の質量を持たないゴーストのような存在のものが人間に感染するとは思いもしなかった。「感染」というのは少々場違いな言い方である。リネトロンは視覚効果から脳を支配し、体の構造を全く別物に変え、さらに体内でウイルスを作り上げ血液を「ウイルスの培養液」にしてしまうことで感染を拡大する究極の疫病なのだ。リネトロンの感染拡大はアフリカ南部の振興工業都市から始まり、徐々にアフリカ大陸に広がった。世界はアフリカ大陸の約45.72パーセントを放棄し、一発のミサイルが放たれたことにより事態は収束したかに見えた。だがなおもリネトロンの感染は広がっている。
東京工学大学生物科学科三回生の朝島愛は今日の講義をまとめたノートを見ながらため息をついた。
父の無念の為、国際感染症研究センターの研究員を目指していた彼女だが、いざリネトロンは話題となると頭を抱えることが多い。まだ日本では確認されていないが上陸は時間の問題であろう。なのに当の日本ときたら覆面殺人鬼、通称「仮面ライダー」の話題ばかりだ。うわさによると人間を砂に変えて殺すらしい。今月も東京で五人殺されている。日本のマスコミというのは話題性に気を取られ本当に重要なことを対して気にしない性質があり、嫌気が差す。中学のとき、中東の紛争でたくさんの人が死んでいるニュースを三十秒で報道し、番組全体的で人気ミュージシャンのスキャンダルを盛り上げる夕方のワイドショーを見てそれを痛感した。
「何が仮面ライダーよ。現実から逃げるのも大概にしてほしいわ」
地下鉄を降り、駅の外に出ると冷たい風にあたり背筋が震えた。あたりはすでに暗く、さらに人気が少ない。もうバスはないだろう。家までは少し距離があるが、近道をすればさほどではない。仕方がない。歩いて帰ろう。朝島はため息をついた。歩き出して数分、公園に差し掛かった。この公園はだだっ広いくせに街灯が灯っておらず、夜になると人気もなく不気味だ。だが、この公園を通り抜ければ、家までだいぶ近道になる。朝島は高所、暗所、閉所と三拍子揃ったトリプル恐怖症だが、背に腹は代えられない。公園を通り抜けてなるべく近道することにした。真っ暗で人気のない公園の中を足早に進んでいく。時折、後ろに何かいるような、誰かに見られているような気もしたが構わずに進んだ。すると前から人が歩いてきた。少しびっくりもしたが、不自然なことではない。きっと自分と同じく、帰路の途中なのだろう。そう思うと親近感が湧き、声をかけてみた。
「お嬢さん、こんな暗いところにいたら殺されても文句はいえないよ」
中年の男はそういうと朝島に一歩近づいた。わずかに差す月明かりが、男の血まみれのコートとリボルバー拳銃のような形の硬質な頭を照らした。朝島は悲鳴を上げようとしたが、恐怖で声すら出ない。さらに腰を抜かして立つことすらできない。男は月に向かって腕を突き上げると、金属製の刃のようなものに変化した。そして男が刃を振り下ろそうとしたその時、強烈な光が男の目をくらませる。朝島の後ろから放たれた光は車のライトのような類だ。彼女はライトの方を見ると、そこには一台のバイクがあった。そして、バイクから顔はよく見えないが、黒のジャケットに黒のネクタイの喪服のような服装の男が降りてきた。
「変身」
男が呟くと、ベルトのバックルが浮かび上がり、男の体は金属の鎧をまとった。マスクのデザインはバッタのような昆虫系で、緑と黒のアーマーはまるで生きている金属のようにぴったりと男の体にまとわりついている。
「仮面ライダー………」
リボルバー男は少しひるんだように呟いた。
「状況開始」
機械を通して仮面ライダーの声が発せられる。仮面ライダーはリボルバー男に三発拳を見舞い、蹴り飛ばした。そして揺ろけたリボルバー男に拳のラッシュで圧倒した。
「デリカ、周囲に与える被害が最小で確実に目標を討伐できる攻撃パターンは?」
仮面ライダーが倒れたリボルバー男に近づく。
「パターン2の【RIDER PUNCHI】が有効です」
機械音が返事をした。
「恨むならS.H.O.C.K.E.R.を恨め」

ーー RIDER PUNCHI

右手が稲妻を放ち、その拳を落雷のようにリボルバー男の顔を叩き落とした。リボルバー男は全身が砕け、砂になった。
「状況終了」
仮面ライダーはそう言うと全身を覆っていた生きた金属は収縮し、ベルトの中に収まった。そしてやがてベルトも消えた。仮面ライダーだった男は朝島の方を見るとため息をついた。
「感染の可能性があるから検査する」
男はそう言って検査キットを出した。
「そう言って私を殺すんでしょ!今まで殺してきたみたいに!」
男はまたため息をついた。呆れているようだ。
「合理性の観点から行動するなら、戦意のないお前から殺すだろ。俺が言いたいことわかるよな?」
「何よ?」
「お前なんて眼中にないってことだ」
そう言って男は検査キットの上に朝島の指を置いた。指を置くとちくっと痛んだが、今はそれどころではない。自分は今、話題の殺人鬼と会話している。男は血液サンプルを採取すると検査キットの数値としばらくにらめっこして、検査結果は正常で感染の傾向はないと伝えた。
「ねぇ、さっきから感染ってなんなの?」
「お前に言えることは何もない」
仮面ライダーはバイクに腰掛けて言った。
「誰にも言わないから」
「知らない方が身のためだ」
朝島は頭にきた。仮面ライダーだかなんだか知らないが先ほどから態度が悪い。その上何が起きているかも教えない。彼女は男の掴んで問いただした。すると彼がついに口を割った。
「リネトロンだ」
朝島は言葉を失った。
「リネトロンって……そんなのまだ日本に入ってきてないんじゃ……そんなのが入ってきたらマズいじゃない」
男は朝島から顔をそらし思い切り深くため息をついた。
「だからこうやってリネトロンを用いたバイオ攻撃に対応してるんだ」
ここで朝島はあることに気づく。世間では仮面ライダーは人を砂に変えて殺す殺人鬼とされているが、本当は被害者は皆、リネトロン感染者なのではないか。おそらく一般兵器であれば血が飛び散り、感染を拡大させてしまう。だが、さっきのように砂に変えてしまえば血は飛び散らない。そんなことを考えてると、男はバイクにまたがり、走り出そうとしていた。
「ちょっと待って!あの砂、処分しなくていいの?」
「原子還元処理で細胞レベルまで分解された感染者の亡骸はただの砂だ」
男が走り出そうとした時、朝島は前に回り込んだ。
「ねぇ、これからどこに行くの?」
「あのピストル頭のコートに血が付いてた。リネトロン感染者なら生きてようが、死体だろうが関係ない」
「それってどうゆうこと?」
「殺された奴らが、怪人になってあの世から帰えってくるってことだ」
男の瞳孔がカメラの絞りのように動いている。機械的な動きだ。
「ねぇ、何してるの?」
「残りの感染者を探してる」
「パソコンも使わずにどうやって探すの?」
朝島は呆れたように言う。
「俺はナノマシンで機械と融合できる体に改造されてる。そんで今は監視カメラのネットワークにハッキングしてる」
改造人間666号、またの名を化野(あだしの)麓郎は改造人間である。彼はS.H.O.C.K.E.R.のコンバットマンであったが、彼にはコンバットマンとして欠陥があった。S.H.O.C.K.E.R.のコンバットマンに最も必要とされるのは組織への忠誠心とどんな任務をも遂行する行動力。
だが、それは彼に起きた「正義」というバグにより覆された。彼は他のコンバットマンとは違い、正義という個性を見出し、やがて他のコンバットマンとはまったく別物になった。そして改造人間666号は「仮面ライダー」になった。
「ねぇ、もう他には聞かないから名前だけ教えて」
朝島はバイクで去ろうとする化野に言った。
「ゼクス。コンバットマン・ゼクス」
化野は朝島に目もくれずバイクで走り出した。赤いテールランプが光の糸を引いて化野のバイクは闇に消えていった。
「仮面ライダーゼクスか………」
朝島はコンバットマンではなく、仮面ライダーとしての化野の去りゆくを見つめた。


静まり返った港の倉庫、不気味な音が響き渡る。リネトロン感染の末期症状である自我の喪失を起こした個体がいる。否、自我の喪失というのはおかしい。この個体は公園で沈黙した「リボルバー男」の被害者である。もはやすでに人間の原型をとどめておらず、魑魅魍魎とかしている。
「デリカ、ヤツを沈黙するのに最も効果的な攻撃パターンは?」
化野はライダーシステムに搭載された戦術補佐AI、「デリカ」に問いかけため息をついた。
「パターン3 の【RIDER KICK】が有効です」
機械音が返事をするて深く構えた。そして助走をつけて高く飛び、間合いにリネトロン感染者を捉えた。

ーー RIDER KICK

雷鳴とともに蹴撃は炸裂し、倉庫ごと吹き飛んだ。そして燃え盛る炎を背に彼は現れた。彼の名は、化野麓郎。またの名を仮面ライダーゼクス。S.H.O.C.K.E.R.に反旗を翻した一人の孤独なコンバットマン。