5m8d(161d)
庭の畑の夏野菜も
だいぶ旬は過ぎたものの
まだかろうじて採れる🥒🍅
美しい
手入れをしていると
かわいいキュウリの赤ちゃんを
よく見つける
「頑張って育てよ〜」と
毎日声をかけていたものの
志半ばで成長が止まって
小さいまま干からびてしまう姿に
何度も出会った。
そのまま順調に育って
立派なキュウリになる子もいる
理由はよくわからない
条件が大きく変わるとは思えない
ただ、その実がもつ生命力が
違ったのでしょうか?
いつも畑の上は命の現場
リアルな生命の采配を目の当たりにする
植物や動物は終わってゆく命に
原因を追求したり疑問を抱いたりしない
生命のさだめとして受け入れるだけ
人間だけがそれをなんとかしようとする
自然の摂理に逆らっているのでしょうか?
それを言ってしまったら
医療行為、延命措置、不妊治療ですら
自然の摂理に逆らっている事になる
去年の今頃は
私はまだ別カテゴリーにいた
4回の流産に打ちのめされて
色々な事を手放そうと決意していた
情けない事に
あの時なぜ授からなかったのかも
その後なぜ授かったのかも
どちらもわからないのです。
まるで同じように育てたキュウリが
実がなりかけて止まってしまうのと
最後まで成熟するものがあるように。
生命は本当に神秘的です。
改めて身をもってそう感じる。
ただ、一つ当時の私は
流産の悲しみは、生きて生まれた我が子を
抱いた時に初めて癒えると言っていましたが
それは違いました。
我が子が生まれても
4回の流産の傷はそのままです。
出会えなかった4人の子供たちは
ただただそのままです。
何も代わりがいない。
生まれてきてくれた姫に
代わりがいないように。
より一層思い知らされました。
流産の傷薬があるとしたら
きっと時間だけなのかもしれません。
世の中には
理由無き悲しみはつきものです。
なぜ自分の身に起きたかという
理由の追求よりも
時の流れに身を任せ
日々の喜びに感謝して
今を積み重ねていくのですね。
急に秋っぽくなって
センチになってますかね⁉️

夏の終わりの独り言です
