前回の熱すぎるブログの続きです。

9w0d 完全流産により
出てきてしまった胎嚢をどうするかで
旦那様とひたすら悩んだ。

正気を失った私は
胎嚢の置場に行き詰まり
観葉植物の土の中に埋めないかという話でまとまり、旦那様と観葉植物を買いに行った。

恐いことをしようとしていた。

買いに行ったホームセンターに
思う様なものはなく、
こうしている間にも刻々と
腐食していくだろう胎嚢を想像して
焦った。

まとまらない頭で、旦那様と大喧嘩🤜

果たして、胎嚢を観葉植物に埋めるという
判断が間違っていないのか?

土とプランターだけ買って
とりあえず、先に土にだけ埋める話に。

プランターに土をセットしようと買ったものを色々出した。
なんとなく、なんとなく、その時

旦那様が咎めている様な気持ちが伝わってきた。

今は渦中で正気ではないかも知れない。


だんだん冷静になり
少しずつ日常を取り戻したとき、
私たちはその観葉植物をどう思うか?
その中には燃え尽きた命が眠っていて
その木に宿っている。
今胎嚢を土に埋めるという
おぞましい事を実行してしまえば 
後戻りは出来ない。
その木を生涯捨てられない。

その木を見るたび忘れる事は無いのではないか?
無言に訴え続ける見えない魂に
説明のできない罪悪感の感じ続け
そこから動くなってしまうのではないか?

私たちの心にのしかかる暗い影と
いつまでも共存することで、乗り越えられなくなってしまうのではないか?

「やっぱりやめようか」

わたしは、ふと手を止めてサラリと言ってみた。

「…なんでそう思った?」

「わからない。でもこんなことをして、自分たちに枷をつけて、囚われていくことを、この子は(胎嚢)望んでいない」

「うん。そう思ってた。言おうと思ったけど…」

「そう思ってたんなら、なんで言ってくれないの⁉️なんで私の暴走を止めてくれないの⁉️」

「どこまででも、いくとこまで一緒に行こうと思ったからさ」

手を離したタイミングがきっと
2人ほぼ同時であったかと思ったけど
旦那様はもっとずっと前から冷静だったんだと思う。

これをやってしまったら
2人は犯罪の共犯者のように、
ずっと囚われて生きていくのではないか。

心だけ、立ち止まってしまうのではないか。

光も届かない暗い海の底で
体を揺らし生きている2匹の深海魚。
そんな風になってしまうのではないか。

一緒ならそれでもいいと思ってくれていた事。
その判断が良いか悪いか別として。

その時、はっきり、私もしっかりしなくちゃと漠然と思いました。

何度同じような場所で転んでもいい、
いっぱい傷を作っても、
自分の足で立ち上がるから、
また誰かと一緒に歩いていけるのかな。

いつまでも、
悲しみの深い深い底にいてはだめだ。

陽の光が差す方向へ
自分たちで向かって行けばいい。
ゆっくりゆっくり。

観葉植物の代わりに
小さな多肉植物を買ってみた
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とくに意味はないけど
2人で寄り添っていけるように。