「うんにゃ」
と言うか言わないうちに、雅男の唇は映子の唇に吸い込まれていた。
「男って、生き方なり気性なりが顔に現われるっていうけど」
映子はキスを交わしたまま後を続けた。雅男は一瞬びっくりして目を丸くしたが、形容しがたい心地よさに酔い痴れるばかりだ。
「四国の男は、特にその傾向が強いんじゃないかな、龍馬のように」
そのままの状態でいたいところだが、映子は弄ぶように唇を離し、結論を導いた。
「龍馬のような面構えって、歴代の首相にはいなかったはずだぜ」
「それは観察が足りないだけ。その大きな目をガッツリ見開いて調べてみたら、二人がまったく同系統の顔ってことに気づくはずよ」
雅男はなんとなく、おちょくられているような気がしないでもない。けれども映子の態度は存外、真面目だ。
いつの間にか窓外の紅はいよいよきらびやかに、いよいよ純色に塗り込められていた。室内から空の色はまったく望めないが、染め上げられた真向いに壁から容易に想像がつく。そんな落日の狭間で向かい合う二人の影も、すっかり濃くなっていた。
「暑さはともかくも、素敵な夕暮れね」
女が吐息のように呟いた。
「ああ」
頷く男の肩に、女はそっと頭を寄り添えた。
二人の視線に見守られながら、モルタル塗りの粗末な壁は次第に闇に被われていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだと思う?」
ぶっきら棒な普段とは異なり、雅男は温順に問い返した。
「そうね」
映子も負けず劣らず、甘ったるい声を出した。すでに男女の序章をなし終えたという安堵が、おのずと染み出ているのかもしれない。
「色が白いほうだから、北国かな。でも東北訛がないところをみると、ズバリ北海道!」
「ブー、残念でした。北は北でも四国の北、香川は高松の産でした」
「えっ、四国、信じられなーい。あっちの言葉はどんなだか知らないけど、訛らしい訛はちっとも感じないし、第一その顔、四国の顔じゃないよね」
「四国の顔? それって、どんなん?」
雅男は初めて耳にする表現に、目を瞬かせた。そして三日ほど剃らずにいる顎のあたりの無精髭を撫でまわした。
「ひと言ではいえないけど、大昔ウーウーいってたって総理大臣、聞いたこと、ある?」
「うんにゃ、聞いたことも学んだこともない」
「そのヒト大平さんっていうんだけど、そのヒトに代表されるような逞しい面構えを総称して四国の顔っていうらしいのよ」
「よくわからないけど、それ、もしかして、誉めてるんじゃなく、貶してる?」
雅男は映子に顔を近づけ、唇を尖らせて見せた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「住人は学生が主体?」
それまでの語勢とは真逆のトーンで、映子は雅男のぼやきを引き取った。
「さあ、どうだろう。満足に顔を合わせたこともないからな」
雅男は暑さに耐え兼ね、汗ばんだTシャツの胸元を摘まみ上げた。
「気楽なもんだねえ。どうこういっても、やっぱり男は得、どんなところにだって住めるんだもの」
映子は改めて部屋を見回していたが、傷だらけの柱の上方に雑然と封書の束ねられた状差しを見つけた。
「クールなコミュニケーションメソッド、見っけ!」
怜悧な女の眸は、当然冷やかしの趣意を帯びていた。
「オカンからのワンウェイさ」
雅男は、オカンという言葉の響きにある種の照れを感じた。
「あまり褒められたものじゃないね」
映子の口元に、揶揄うような笑みがこぼれた。
「平気 ゝ 。返事の無いのは良い便りってえのは、むしろ最先端の言葉だから」
男は自慢げに嘯いた。
「あなたって、どこの産?」
思えば、映子が雅男に質問らしい質問をしたのは、それが初めてだった。