蝉の鳴く声が遠くからぼんやりと耳に届いて、目が覚めた。

今日は、暑くなりそうだ。

 

腕の中には、温かい身体が埋もれている。

 

どこまでが現実だったのか、それともすべて幻だったのか、俺はまだ分からないでいた。

 

 

まだ静かに寝息を立てている彼の頬に、顔を寄せる。カーテンの隙間から差し込む光が、彼の白い頬を照らして、輝いていた。

愛しさがこみ上げてくる。

 

その頬にそっと唇を寄せた。かすめるように触れたその場所は柔らかだった。

 

彼は目覚めない。

 

それならば、と思って、もう一度、頬に口づけて、そうして離れたときに、唇の影に隠れた小さなほくろが見えて、愛おしく思って、無意識に、そこにもそっと、キスをした。

 

「・・・っふふっ。」

離した唇の端が動いて、頬が震えたのを見て、俺は驚いた。彼は目を開けないまま、顔を手で覆って、寝返りを打って俺から顔を背ける。

 

「お前・・・起きてたのかよ!いつから?」

彼は肩をふるわせたまま、答えない。そんなに笑われてしまっては、悔しくなる。

 

「ちょっと・・・!」

そう言って彼の顔を覆う手を無理矢理剥がすと、覆われていた顔はピンク色に染まっていた。彼はもう片方の手で、覆いきれない頬と口元を隠して、上目遣いでこちらを見た。

 

「素直な櫻井さんは、結構大胆なんだね」

「大胆って・・・うるせぇな」

「顔、赤くなってるよ」

「お前こそ、真っ赤だぞ」

 

お互いに顔を見合わせて、俺は困ったように笑って、彼は嬉しそうに歯を見せて笑っていた。

 

 彼がニヤリと微笑む。

「・・・さっきのキスの目的は?」

 

それは、俺が昨夜、彼に尋ねたことの繰り返しだった。

してやられた、と思い、頬がドンドン熱くなっているのが自分でも分かり、目線を外して、答えた。

 

「・・・愛おしいなって、思ってたら、いつの間にか」

 

その言葉に、彼は微笑んで、俺の胸に腕を回すと、きゅっと側に俺を引き寄せて、抱きしめてくれた。

「大好き。」

わざとっぽく言った彼のその言葉が、触れている胸から響いて、体中を震わせていくような、そんな感覚がした。

 

 

「・・・何か、俺、やっぱり夢見てるんじゃないかって、思うよ」

「なんで?」

「どうせ自分の想いを諦めるしかないなら、最後に嘘でいいから、好きって聞きたかっただけなのに」

 

彼は顔を離し、俺を見上げるようにして言った。

「嘘なはずないのに。それに、同情で好きだなんて俺は言わないからね。」

 

その言葉の真意を探るように、彼の目をじっと見つめていると、彼は付け加えて言った。

「――正直に言えば、同情する気持ちがなかったわけでは無いと思う。泣いてた櫻井さんを見て、助けなきゃって思ったのも、櫻井さんの言うように、同情だったのかもしれない。

・・・でも、俺の気持ちを全部、同情だって片付けられかけたのは、寂しいかな」

 

その言葉に、思わず心がずきりと鳴った。

 

「だって、本当に好きなんだもん。好きって思っていたから、だから、力になりたいって、思うんだよ?――そこに、余計な気持ちは、何にも無いよ」

 

一体俺の何が良くて、と納得していない俺の顔を見てか、彼は口を尖らせた。

「・・・やっぱり櫻井さんは分からず屋だ。」

 

え?と聞き返すと、彼は再び俺の胸に顔を埋めて、言う。

「俺、結構前から好きだってアピールしてたのに」

 え、と驚いて声が出て、頭の中で必死に記憶を辿った。

 

そんな俺を見て、彼は微笑みながら、冗談っぽく文句を連ねる。

「そのくせに、自分の中で勝手に気持ちを諦めようとしてるんだもん。俺の気持ちは無視?勝手すぎるんだって。」

 

頭ではよく分かっていないまま、条件反射でゴメン、と謝る。

そんな俺を、彼はいたずらっ子のような笑顔でずっと見上げていた。

 

 

どうしよう、と悩んでいた俺の髪に、ふと彼の手が伸びてくる。

「・・・本当は俺、嬉しかった。」

彼はふと、それまでと違う優しいトーンで、つぶやくようにそう言った。

 

「なに?」

「嬉しかった。櫻井さんが好きって言ってくれて。今度こそ俺を信じて受け入れてくれて・・・やっと、気持ちが一つに通じ合えたから。」

 

「やっと」という言葉を聞いて、俺は改めて、彼がどれだけ俺を想って、辛抱強く接していてくれていたかを思い知ったのだった。

「ゴメンね」

そう言うと、彼は謝んないで、と首を横に振った。

 

 

そのまま、なかなかベッドから起き上がろうとしないまま、時々お互いの髪を撫でて、温かなまどろみの中に身を委ねる。

 

「本当に、嬉しかったよ・・・」

俺の胸に顔を埋めて、そうやってまた、彼はしみじみと言うのだった。