とある県で暮らす兄弟の様子

とある県で暮らす兄弟の様子

2020年と2025年の中学受験についての母の愚痴をこぼしたり、子供達の備忘録としてひっそりコッソリ書いています。

湊かなえが好きで、だいぶいろいろ読んだけど、

映画が公開中の「未来」はまだ読んでなかったので早速図書館で借りてきて読んでます。


そこに

私が日々大事にしていることを上手い言い方で書いてあったので備忘録として残しておきます。


(ネタバレではない)

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小学校の先生の話、として


『この先、どんな災難に見舞われるかはわからない。

災害、病気、事故、、それに対して備えておくことはグッズや保険を備えておくことではない

困った時はよろしくお願いしますと、周囲の人と仲良くする事も大切な備えではないか

さんざん他人の悪口を言っていた人を助けてあげようと思えるか?

平穏な暮らしは当たり前のことではなく、誰だって何かしらの困った状況に陥る可能性がある

そんな時に助けてくれるのが、今まで口にしてきた、こんにちはなどの挨拶や、ありがとうなどの感謝の言葉じゃないだろうか

積み重ねてきた言葉の貯金ではないか

まずは挨拶からでいい、友達、家の人、周囲の人々にこれらの言葉をたくさん貯金していこう』

 

というようなもの(少し言い換えています)

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本当にそうなのよ指差し

私は日々これを思っているのよ

 

それは、

義母と義父の話。

2人はしょっちゅう周囲の人(私含む)の悪口言ってた人たちで。

そして、義母がいない今、

義父の世話は私がやっている

そうすると、助けてあげないといけない義父に対する昔のわだかまりがめちゃくちゃ顔をだしてくる。

 

悪口ばっかり言ってたのもそうだけど、

そういえば昔から何かあっても義父に味方してもらったこと一度もないな、とか

あの時、些細なことで怒鳴られたな、とか

子供達にも気に入らないことあれば怒鳴ってたな、とか

あれこれ負の記憶が蘇る。

 

そうすると、

なんで世話してあげないといけないのかという苛立ちが出てきたり

老人ホームにとっとと入れるかとか考え出したり。、

 

それでも義父は良いところもなくはない。

お金はそこそこは持ってたから、そういう面では少しは親切にしてくれたし、

ありがとう、など感謝の言葉は今もよく口にする

というわけで、

かろうじて、まだ認知症もそんなにひどくないからホームに入れるのはかわいそうかと踏み止まる。

 

でも因果応報しかり、

自分がしてきたように自分に返ってくるもの。

だから、負は断ち切り、義父にもあまり意地悪はせず好物を作ってあげたり、信じられない行動されても(認知症だから)仕方ないとグッと我慢し、

なるべく優しくしようと意識して過ごしている昇天昇天


それが子供達への見本にもなっているとも思うし、

そして徳を積んでいることになると信じて指差し

 


まあ、たまにモーレツにムカつくと、

ふわふわのタオルは渡さずゴワッゴワの古いタオルを使わせるとか

お昼は連日うどんを出し続けるとか(好物だし本人気にしてないが)

そういう地味〜〜な意地悪をしてしまうけどにっこり