夕焼けに芒耀ふ野原へとそつと踏み入る八十路をまへに

 

    わが傘寿われがわれにと言祝ぎて銀杏葉散りしく下に惚くる

 

    一枚の黄葉を空へと透かし見る網のごとくにはしる葉脈

 

    わがあゆみ歩幅の狭くなりたるを冬の用水路(すいろ)のさざ波に見つ

 

    藪中に紅き椿をみつけしに冠にせむや雪の上にひろふ

 

    雪ふるをなに鳥どこへ羽搏くやなにの頼みに行きさき訊きし

 

    初雪のはや消えてをり今朝がたに目覚めし夢も忘れゐたり

 

 

       

 

 

 

      辛夷咲く

 

  雪の朝熊笹わけて踏み入ればなにか畏れのあるに触れをり

 

  雪かぶる竹林の一本とどろきて散りぼふ雫の林にひかる

 

  斑雪はらへば見する黄の蕊の椿のはなびら凍ててをりし

 

  風の押す水面を奔りひたすらに紅の椿が渓を下り行く

 

  扇をば花にみたててくるくると散らして見するも執あるわが身

 

  執あれば死にがたくいま闇に咲く櫻とあしたをゆれて生くべし

 

  歩の巾のほそくなりたるこの日頃空より峪へ目に花を追ふ

 

  狂ひたきときのありたることなどをいまは静かにしづかに花を見る

 

  燠色の夕空落つる杉山の秀のきはだちて黒き残像

 

  過疎村のバスにはわれと運転手去年の熊の出没を語る

 

  性根などなきがやうなる浮き草のこの逞しさ見るはかなしき

 

  満開の辛夷の花が道照らすこの夜牛舎に仔牛の産まる