晴れた日曜日、天気に誘われて散歩がてら近所の原美術館へ。
このエントランスの言葉「父は今日、亡くなるんだろうなとわかっていた」という一言が、この後私たちが目にする写真たちにストーリーを与えてくれます。
このエントランスの言葉「父は今日、亡くなるんだろうなとわかっていた」という一言が、この後私たちが目にする写真たちにストーリーを与えてくれます。
この言葉をインプットされた瞬間、見る人は蜷川実花と同化し、父が亡くなる1日を彼女となって追体験することになるのです。
それはまるで、事実を認めながらもどこか自分ごとでないような、現実感がないような彼女の心情を表現しているように思えます。
極彩色のイメージがある彼女の撮る花達が、いつもと違って、とても柔らかな色と優しい光をたたえているのが印象的で、死への思いを写した写真であるにも関わらず、とてもあたたかい気持ちになりました。
最後の一枚は、命の連鎖を思い起こさせます。
個人の私邸であった原美術館は、ひとりの人間として、父の死に際した写真家の思いを伝えるにふさわしい場所だったと思います。
ひとりの思いが、写真を通して、多くの人たちの思い出と共鳴し、みんなの思いとして共有されていく。
このわずか10日間の写真展は、そんな稀有な時間だったように思います。
行けてよかった。











