今日は二十四節気の大寒です。
一年中で一番寒さが厳しくなる頃です。
しかし今日の屯所は熱気に包まれていました。
「はっ!」
「そんな弱腰でどうする!もっと力入れろ!」
「何処見てやがる!ちゃんと相手を見ろ!」
武道ではこの寒さの厳しい中行う稽古を『寒稽古』と言います。
寒稽古は寒さに耐えながら技術を磨くとともに、精神の鍛錬を目的としています。
私が稽古の見学がしたいと申し出をしたら、近藤さんは道場の一角に火鉢や座布団を用意してくれました。
「近藤さん、これでは意味がありません。私なりに稽古に参加したいと思っての見学なので。これは皆さんの休息にお使いください」
「むぅ…しかしこの寒さの中でじっとしていれば、身体に障りが出るだろう」
「ふぅん…千歳ちゃんも稽古に参加したいんだ?」
近藤さんと私の間に割り入るように、沖田さんが現れました。
「はい。でも中に入っても皆さんの邪魔になるだけなので、せめて見学を…」
沖田さんの嫌味を覚悟しながらもごもごと返事をすると、沖田さんから意外な発言が飛び出しました。
「いいんじゃない?見てるだけだとつまらないし、一緒にやれば」
「へっ?」
「しかし総司、それでは雪村君が危険な目に合うではないか」
「近藤さんは千歳ちゃんを甘やかし過ぎですよ。かと言って中に混じれば怪我して邪魔になるだけ。だったら誰かに指導させれば良いんです」
「うーむ…」
意外な展開に焦っていると、斎藤さんが静かに近づいてきました。
「近藤さん、総司、雪村に何かあったのか?」
「あっ…適任者が来たかも。ねぇ一くん、千歳ちゃんに軽く稽古つけてやってよ」
「えっ?!」
「打ちのめされるだけの弱い輩の相手はもう飽きたでしょ?」
斎藤さんはじろりと鋭い目線を向けながら、私に問いかけました。
「それは雪村が望んでのことなのか?」
「はい…あの…少しでも自分の身を守れるようになれればなと…」
「承知。では行くぞ」
「はっはい!よろしくお願いします」
私は先を歩く斎藤さんの背中を追いかけました。
「木刀だが真剣と同じ大きさ、重さになっている。あんたには扱い難い物だがいい機会だ。少し振れるくらいになれば良いだろう」
手渡された木刀はずっしりと重く、これを軽々と扱える彼らはどれだけの量の稽古をどれだけの歳月をかけてつけてきたのだろうかと思う。
私は斎藤さんの指導通りに柄を握り、ゆっくりではありますが振り上げて振り下ろす動作を繰り返しました。
「ただ振り下ろせば良いと言うわけではない。腹に力を入れて木刀に集中しろ。全体重を木刀に乗せる感覚で振り下ろせ」
そう言って斎藤さんは私に向かって木刀を構えました。
斎藤さんほどの人が私のひと振りを受け止められず、怪我をするとは思えません。
でももしこの重い木刀が彼の体の何処かに当たってしまったらと…そんなことばかりが頭を過ります。
「心配するな。あんたは木刀に集中しろ。必ず受け止める」
「はい!」
私は木刀に全神経を集中させました。
目の前の斎藤さんに狙いを定め、重い一撃を繰り出しました。
ガチンと木刀同士がぶつかる音が響きました。
「あっ」
腕に強い衝撃を感じ、反動で木刀は飛びました。
「…」
予想通りに斎藤さんは私の一撃を軽く受け止めました。
鈍らな私の体は一気に体力を消耗し、その場に座り込んでしまいました。
口で激しく息をしていると、斎藤さんが手を伸ばして私に言いました。
「見事だ」
「へっ?」
「短時間で良くやったな。想像を超えた一撃だった」
「はっ…はい…有難うございます」
私は斎藤さんに支えられながら立ち上がります。
ふと気がつけば、道場に居る隊士さん達が呆然と私を見つめていました。
「皆見たか!今の雪村君の一撃を。あのような小さな体でも激しい一撃が繰り出せる。皆負けてはおられまい!」
「「「おぉ!」」」
近藤さんの一言で皆さんに緊張と気合が入ったようです。
稽古は激しさを増し、道場の熱気はさらに上がっていきました。