それは雪がちらつく寒い日のこと。
私にしては珍しく、朝餉も食べずにお布団の中で何時までも眠っていました。
(頭痛い…気がする)
原因はおそらく…昨晩、お水と間違えてお酒を煽るように飲み干してしまったこと。
土方さんが誰かに怒鳴っていたような気が…。
あとは飲んだ後は身体がふわふわして宙に浮いているような感じや、頭に冷たい何かを押し付けられていた気がしますが、記憶は非常に曖昧です。
(あーぁ…今日は朝餉当番だったのにさぼっちゃったな)
お昼頃には随分良くはなっていましたが、失態をおしてしまった故に気まずく、なかなかお布団から出られません。
どうしようかと倦ねいていると、部屋の前に誰かの気配を感じました。
「雪村さーん?起きてらっしゃる?」
(この声は…伊東さん)
「雪村さぁーん?」
「はい!起きてます!」
「あら、元気そうで良かったわ。部屋の前に昼餉を置いておくから召し上がってね」
(いっ伊東さん自ら昼餉を持ってきてくれたの?)
「あと…昨夜はごめんなさいね。私が貴方に間違えてお水とお酒を間違えて渡してしまって…土方さんは掴みかかる勢いで怒鳴られるし、本当に猛反省してるのよ」
「いえいえ、私が気づかず飲み干してしまったのが悪いんです」
珍しく(?)謙虚な伊東さんの態度に驚いてしまいます。
「お詫びになるかわからないけど…雪村さんに今日の一番風呂に入る権利をお譲りするわ」
「えっ?そんな…悪ぃ…ですょ」
伊東さんの意図していることに気づいた私の言葉は段々と歯切れが悪くなっていきました。
「良いのよ!良いのよ!たまには」
一番風呂、すわなちその日一番の沸かしたてのお湯というものはきめが粗く、刺激が強くてお肌に良くないのです。
また、一番にお風呂に入るということは湯殿があったまっていないので、脱衣場と湯殿の温度差が激しく体に良くないという理由もあります。
「昼餉を食べたら声をかけて頂戴。お風呂の準備をさせるから」
「はぁ…有難う…ございます」
我ながら歯切れの悪い口調に苦笑いしながら、部屋の前に置かれた膳を手に取りました。
「湯殿をあたためるためにお湯は熱めになってるから、火傷しないように気をつけて頂戴。」
「はぁ…」
湯殿は綺麗に掃除されていて、柔らかな湯気の香りが鼻を擽ります。
「私は前で番をしているからごゆっくりね」
伊東さんはそう言いながら戸を押さえるためのつっかえ棒と、柚子を一つ私に手渡しました。
「これは?」
「あら?乱入者が来るかとヒヤヒヤしていたら、ゆっくりお風呂にはいれないじゃない」
「そう…なんですけど…」
私が女だとばれたのかとひやりとする。
でも、良く考えれば伊東さんくらい思慮深い人なら、私の下手な男装など直ぐに見抜いてしまうだろう。
「次は私が入るから、その時は雪村さんが番をして頂戴ね。玉のお肌を覗く輩がいるかもしれないもの」
「あっ…それは勿論ですが、この柚子はなんですか?冬至はとうに過ぎています」
私はずいっと柚子を伊東さんの目の前に差し出した。
「それね…一番風呂はお肌に悪いじゃない。だから柚子という不純物を入れてお湯を軟らかくするのよ」
「そうなんですね!伊東さん凄い!物知りです!」
「あら、嫌だ。今頃気がついたの?ふふっ…入ってらっしゃい。良くあったまってね」
「はい!」
ちょっと苦手な伊東さんに少し近づけた…そんな気がしました。