
私はある派!
本文はここから慶応元年の第二次長州征伐が失敗に終わり、幕府の立場は大きく揺れ始めました。
そして慶応ニ年、幕府の立てた『長州藩は朝敵である』という内容が書かれた制札が、ことごとく引き抜かれる事件が立て続けに起き始めます。
特に鴨川に架かる三条大橋の西詰めに立てられた制札が三度に渡り引き抜かれ、鴨川に捨てられるといった事態が発生。
この警備に新選組があたるようにと命が下されました。
慶応ニ年九月十二日、原田さん率いる十番隊とその他数名の新選組隊士は、制札を引き抜こうとしていた土佐藩士を発見。
乱闘の末八人のうち二名を討ち、一名を捕獲。
この功績を称え、原田さんの二十両を筆頭に会津藩より恩賞が与えられる事となりました。
でも、大手柄を立てたはずの原田さんの顔はなんだか浮かなくて…
「千歳、お前十二日の夜はどこにいた?」
「どこって…自分の部屋にいましたけど。あの…何か?」
「そうだよな…やっぱりな…いや、何でもねぇ」
「なんだよ、左之、千歳ちゃんがその場にいたとでも言うのか?」
「新八っさん、千歳がそんなところに居合わせるわけねぇじゃん。なぁ、左之さん」
何か考え事をしている様子だった原田さんはゆっくりと口を開き、こう言いました。
「…あの晩、俺達の邪魔をした奴がいる」
「なんだ?そいつも逃しちまったって事か?」
「左之さんらしくねぇな。そいつもとっ捕まえて、ふん縛っちまえばよかったのに」
「…」
仕事の事に関して私が口出し出来る事は何一つありません。
かといって気の利いた事が言えるわけでもなく、しばらく席を外そうかと思案していると、原田さんは想像外な言葉を吐き出しました。
「女だった…」
「「あ?」」
「女が邪魔をした」
「「はぁ?」」
「俺達の邪魔をした奴は女だった。それも千歳、お前にそっくりな女だ」
「千歳さん、こんにちは」
声のする方を振り向くと、南雲薫さんがにっこりと微笑みながら佇んでいました。
薫さんは以前沖田さんの巡察に同行していた時、数人の荒くれ者に絡まれているところを助けた(もちろん沖田さんが)事で知り合った人です。

綺麗な容姿、着飾った姿、たおやかで女らしい仕草、絡まれるのも無理はないと思う。
「今日は沖田さんとご一緒じゃないんですね」
「はい、今日は八番隊が巡察当番なのです。沖田さんは体調を崩していて…単なる風邪ですが、こじらせると大変なので今は休養中です」
「そう…お風邪を召して…休養中なの…」
そう同情する彼女の顔を見つめながら、私はいつかの沖田さんの言葉を思い出していました。
『平助は人を見る目がなさ過ぎ。似てるよ。この二人。千歳ちゃんもちゃんとした格好をさせればもっとそっくりになると思うな』
(似てる?似てないよね?)
似てない。
似ていないと思いたい。
薫さんが私に似ているというのなら、彼女にまで制札事件の嫌疑がかかってしまうかもしれない。
なんて事を考えていたら、予想外に平助君が彼女に声をかけました。
「南雲薫さん…だっけ?あのさぁ…あんた十二日の夜、三条大橋なんかに出かけてねぇよな?」
「夜ですか?いいえ、夜は家にいますけど。夜に出歩く用事なんてありませんもの。あの…何か?」
「だよな~。左之さん、大事な捕り物中に女の事でも考えてたんじゃねぇの?」
「あの…私が何かの事件に関わっているんじゃないかと…そう疑っているのですか?」
「ううん、違う、違います、何でもないんです、単なる人違いです」
怪訝な顔をする薫さんに慌てて弁解したものの、平助君のおしゃべりを止める事は出来ませんでした。
「三条大橋に立てた制札を引き抜いた土佐藩士の逃亡を手助けした奴がいてさ~それがよりによって千歳に似た女だって話でさ。ほら、前に会った時、総司があんたと千歳が似てるって言ってただろ?だからもしかして…って思ったんだけど…そんなわけねぇよな、やっぱり!ったく…女に邪魔されたとあったら、新選組十番組組長の名が泣くぜ!」
「そうだったんですか…なんだか嫌ね、犯罪者に似てるなんて。ねぇ、千歳さん」
「そうですよね…ごめんなさい、変な事言っちゃって。原田さんは暗くて良く見えなかったとも言ってるし、だから思いっきり人違いなんです。だから気にしないでください!」
「いいえ、気を悪くなんてしていませんよ。私が犯罪者だなんて…ふふっ…そんな事ありえませんから。でも、ちょっとだけ嬉しいかな、千歳さんに似てるって言われた事は…」
そう言いながら微笑む薫さんを見ている私は、なんだか落ち着かなくて…。
(まただ…この違和感…なんなんだろう)
理由はひとつもわからないし、思い当たる事もありません。
「あら…もう行かなくっちゃ。ごめんなさい、お仕事中なのに引き止めてしまって」
「いいえ、こちらこそ失礼いたしました」
深く頭を下げる私に、薫さんは優しく微笑んでいます。
なのに、私の中の違和感はますます強くなるばかりなのです。
「またね、千歳さん。それから沖田さんに…『お大事に』とお伝えください」
「はい、お気遣いありがとうございました」
その優しい言葉も、何故か私の心を冷たくすり抜けていく。
「…全然似てねぇじゃん」
「そうだよね、私…あんなに綺麗じゃないし」
「そうじゃなくて…薫さんってさ、こうなんつーか温かみが感じないっつーか…。おっかねぇ時の総司みたいに…こう無表情つーか氷みたいっつーか」

「…」
「千歳は…なんだ…十分かわいいって…別に着飾らなくても…だから…その…俺は…俺は…俺はお前の事かわいいと思ってるぜ!」
「へ?」
ぼんやりとしていた私は、平助君の大声で我に返りました。
「何?何か言った?言ったよね?」
「聞いてなかったのかよ…」
「ごめ~ん」
がっくりと肩を落とす平助君に笑いかけながら、私はひとつの問いかけしました。
「ねぇ、似てないよね…私と薫さん。全然似てないよね?」
「総司が言うほど似てねぇって。雰囲気全然違うし」
「そうだよね!」
似ていない。
似ているはずがない。
私と彼女は何の関係もないのだから。