テレビの不具合は、階下に住んでいた大家の息子世帯が
引っ越しの際、何かのプラグを抜いたためだった。
ほんっとにムカつく!
まる二日テレビが見れなかったよ!
映らなくなった数時間後に、
引っ越し最中だったその人に会ったから、
何かそうなるようなことはしていないか?って聞いたのに!
面倒くさそうに「何も」って!
プンプン! このボンヤリ!
で、その電気かなんかを世帯でちゃんと分ける工事がお昼ごろにあった。
っていうか、マンションなわけだから当然だ。
やっとこさ、クリアに映る現代らしいテレビ映りになった。

と、ここんとこアドレナリン放出しまくり。
はーっ疲れるぅ。

ところで、長い間かかわっていた本が15日に発売される。
手もとにはもう届いているのだけど、
意外だったのは、時間も労力もかけたわりには
嬉し~!っていう達成感が薄めなこと。
なんでだろう?って考えてみた。
それは、完全なる自分の文章ではないから、なのかな。
取材したことを元に、叩き台の文を書いたけれど、
その後、赤入れされたものをこちらで直すという作業はせず、
先方ですべて書き直しをしてくれた…
(「くれた」という表現は自分的にはヘンだけど)。
構成・文と表記していただいてる割には、
あんまり私がない感じ?
もちろん作家さんを立てた本だから、
主張があるわけではないんだけどね。
今までやってきたモノとは性質が全然違うわけだから。
こんなもんなのかな。
書籍のお仕事はお初だったから、よくわからない
結局、よくわからないまんまやってたんだな~。
そのスタンスもそれなりにキツイものではあるんだけど。
決定稿がいつになっても想像できない感じだった。
だけど、上がったものはなかなか素晴らしくて、
そこは、編集者の力量だな~と、感心させられもした。
何回でも読み返せるほど、テンポがいいし。
何事も、いつになっても、日々勉強だなぁ。

それにしても、次にチャンスがあれば丸ごと作ってみたいな~。
おととい、ある編集者とお話していた本が、
実現されればいいな~♪ と淡い期待を持ってみたり
やっぱ、楽しんで深くかかわって作り上げたいもん