憧れの道を歩むには!?
おはようございます。
今日も機嫌よく過ごせますように!
さて、
土曜日は「人間学」を学んでいます。
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「憧れ」だけで終わる人!?
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(参考)
敬という心は、言い換えれば
少しでも高く尊い境地に進もう、
偉大なるものに近づこうという心である。
したがってそれは同時に自ら反省し、
自らの至らざる点を恥ずる心になる。
省みて自ら懼(おそ)れ、自ら慎み、
自ら戒めてゆく。
偉大なるもの、尊きもの、高きものを
仰ぎ、これに感じ、憧憬(あこが)れ、
それに近づこうとすると同時に、
自ら省みて恥ずる、
これが敬の心である。
東洋では等しくこれを道と言う。
『安岡正篤 一日一言』安岡正泰 監修
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同じように、
偉大な人に憧れ「自分もそうなりたい」
と思っても、
そのための「努力精進が続く人」と
「憧れだけで終わる人」がいます。
この差は、今日の話にある、
「自ら省みて恥ずる心」があるかどうか
によるようです。
人は、「憧れる」ことによって、
「一時的にがんばる」ことはできますが
その先の継続的な努力に必要なのは、
「こんな自分ではダメだ!」
という「自分を恥ずる心」です。
「まだまだダメだ」という自覚
があるから、
そこから先の苦しい鍛錬に耐えられる
のです。
この「恥ずる心」がないと、
困難にぶつかったところで嫌になり、
「自分には向いてない」とか、
「才能がなかった」
などと言って、
あっさり降りていくことになるでしょう。
「敬」とは、
「自分の道を生きる」ための支えとなる心
です。
人生のどこかで、
降りることのない
自分のほんとうの「道」に出逢う
必要があるようです。
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<今日の「智&慧」>
「こんな自分では恥ずかしい」
という思いがあるから、
そこから先の苦しい鍛錬に耐えられる。
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「憧れ」だけで終わっていませんか?!