第712話「小鳥のさえずり」(通算第406回目)

放映日:1986/10/3

 

 

ストーリー

一条由香(23歳)(名代杏子さん)という女性がグリーンハイツというマンションから転落し、変死体となって発見される事件が発生した。

早朝の一係室に事件の通報が入り、西條と水木が出動した。

通報者は、由香の父親の一条哲次(山田吾一さん)だった。

由香はかつて、グリーンハイツに一人で住んでいた。

昨夜、一条宅に由香から電話が入っており、一条は由香の様子に不審さを感じ、午後10時頃にグリーンハイツに急行したが、留守だったために諦めて今朝に再度出直し、遺体を発見していた。

水木は娘の死にもかかわらず笑っている一条が、由香の父親であることに驚きを隠せなかった。

井川は一条が笑っているようには思えなかった。

西條は一条が由香の遺体にカーディガンを被せていたことから、由香の父親であることに納得していた。

由香は日東貿易の庶務課に勤務しており、独身だった。

一条はグリーンハイツから電車で約30分の距離にある松原町に住んでいた。

西條は一条の通報の時刻が、電車の作動が開始し始めた時刻であることに疑問を抱いた。

一条は今朝の午前5時頃に再度グリーンハイツを訪れたが、扉が施錠されておらず、無人だった。

一条はバルコニーから下を覗き、由香の遺体を発見していた。

島津は由香の部屋を調査中、グラス片を発見した。

由香は何かを握っていたが、死後硬直が全身に回っていたため、回収不能だった。

西條は由香の部屋に井川と水木を向かわせた。

島津は部屋の様子に3つの不審な点を感じていた。

第一の点はカーペットにウイスキーが零れており、グラス片が落ちていたにもかかわらず、グラス片を片付けた形跡が無いことだった。

第二の点はテーブルの位置がずれていること、第三の点は鳥籠だった。

鳥籠は散乱した餌の状況から見て、一度倒れた鳥籠を慌てて立て直したものと考えられた。

一条によると、由香は以前、赤いカナリアを飼っていた。

由香は何者かと争い、グラスが割れ、鳥籠が倒れ、小鳥が逃げ、その後に突き落とされたという可能性が出た。

山田鑑識課員(三上剛仙さん)は井川に、部屋中の指紋が拭き消されたようになっており、部屋から指紋が採取できないことを報告した。

由香の隣人は留守だったため、物音を聞いた者は皆無だった。

死亡推定時刻は深夜の午前0時と思われた。

島津は寝室の机の引き出しから由香の手帳を発見していた。

手帳のページには、「伸也、シオン、午後10時」と書かれていた。

島津は「シオン」というバーや店を調査することにした。

昨夜、由香から一条にかかってきた電話は午後9時頃、外からだったが、内容は近況報告だった。

一条は由香の喋り方が気になっていた。

水木は一条が電話の件だけで、マンションの玄関が良く見える歩道橋で徹夜をするかということを疑問に思っていた。

しかし、由香の部屋は裏側で、バルコニーも南側で、歩道橋からは見えなかった。

マンションの裏口は裏通りに面しており、階段の上が由香の部屋だったが、駅からは遠回りだった。

事件は一条の話を信用すると、由香が一条の知らない間に男と部屋に入り、一緒に酒を飲み、何らかの事態があり、由香が転落死したと推理された。

水木は付近で、昨夜のその時間、一条を見た者がいないということを聞き込んでいた。

水木は一条が由香と一緒に部屋に入り、割れたグラスを隠し、指紋を吹き消したと思っていたが、澤村に実の父親が嘘を吐くものかと反論された。

由香が握っていたのは、茶色の背広の袖口のボタンであることが判明した。

ボタンに付いている糸の断面は不規則で、引きちぎった痕跡があった。

橘は殺人の線で捜査を開始した。

西條と澤村は日東貿易を訪れ、重役(入江正徳さん)と面会した。

一条は人当たりが良く、よく働いており、社内では恋人の噂も無かった。

西條と澤村は、手帳に記載されていた人物で、同じく日東貿易社員の伊藤伸也(26歳)(石田圭祐さん)と会った。

伊藤は出社してすぐに由香の死を知ったと述べた。

伊藤は昨夜の午後10時頃、新宿のカフェバー「シオン」で1時間ほど、由香と会ったことを認めたが、人事課所属であるため、社内の色々な人と会うようにしていると弁明した。

伊藤は昨夜、由香が元気だったために信じられないと呟いた。

西條は手帳の中に、今年だけで複数回デートの約束と思われるメモがあることを指摘した。

伊藤は由香から頻繁に誘われるが、会話の内容は他愛のないことであることを話した。

伊藤は西條と澤村が自分に手帳を触らせ、指紋を採取しようとしていることに感付き、動揺した。

西條は伊藤に、深夜、グリーンハイツから飛び出してきた若い男は紺色の背広を着用していたことを伝えたが、伊藤は昨日、茶色の背広を着用していたことを伝えた。

令子と水木は自宅の一条製作所で勤務中の一条と会った。

一条は明日が納期の仕事のため、作業を続行していた。

一条は伊藤について知らないと話した。

水木は一条の作業着の袖口のボタンが、由香が握っていたボタンと酷似していることに気付いた。

一条は作業着について、汚れるので時々着替えること、古いのはクリーニングに出すか、焼却炉に焼き捨てることを説明した。

令子と水木は焼却炉を調査したが、既に処理されていた。

一条夫人の一条香津子は、一条がカーディガンを羽織って外出したと証言した。

水木は製造元から、一条の作業着のボタンを貰い、橘に提出した。

作業着のボタンは由香が握っていたボタンと同型で、色が違っていたが、以前少し色の違うボタンを使用していた。

水木は香津子の様子の不審さ、由香が怯えていたことから、一条に容疑をかけていた。

伊藤の右手中指の指紋と、由香の部屋の冷蔵庫の取っ手裏側から採取された指紋が一致したが、これだけでは逮捕状が取れなかった。

西條は伊藤が、袖口のボタンが物証になっていることに気付いていないためと、証拠隠滅を防ぐため、茶色の背広を押収するため、捜査令状を取ることを進言したが、橘に却下された。

橘は水木の、一条の捜査を許可した。

解剖の結果、由香の死因が全身打撲であること、薬物による痕跡が無いが、妊娠中絶を経験していることが判明した。

西條と澤村は伊藤を尋問した。

伊藤は何度か由香の部屋に入ったことを認め、由香と婚約するつもりだったことを告白した。

伊藤は日東貿易が社内恋愛を喜ばないため、誰にも分からないように交際してきたと話したが、中絶した子供の父親であることを否定した。

伊藤は由香に別の恋人が出来ていたこと、4,5日前の夜に由香の部屋の前に行った際、男の声が聞こえたことを話し、それから由香と会っていないことを断言した。

一条製作所にて、由香の葬式が執り行われた。

水木は一条の旧友(増岡弘さん)から、一条と由香の仲が非常に良かったこと、一条が家出同然の由香に対しても笑っていたという話を聞いた。

香津子(八木昌子さん)は由香が妊娠中絶していたことを知っていた。

水木は香津子に、真相を話すように懇願した。

1ヶ月前の深夜、由香が不意に一条宅に現れ、香津子に妊娠していることを告げたが、相手の名前を言わなかった。

香津子はそれでは済まないとして、由香を問い詰めたが、微笑んだ一条に制止されていた。

由香は泣きながら実家を去って行った。

その1日後、一条宅に由香から、中絶したという内容の電話が入っていた。

香津子は水木に、一条が昔から、都合が悪いことがあるといつも薄笑いを浮かべる性質であることを告げ、一条の薄笑いを許せなかった。

一条は取引先でも職場でも評判が良かった。

水木は一条を疑い、再度、事件当日の目撃者を捜索することにした。

令子と水木はペットショップで聞き込み中の島津を発見した。

島津は由香の部屋の鳥籠からカナリアがいなくなっていたことが引っかかっていた。

井川は病院にて、由香の中絶手術のカルテを拝見した。

中絶同意書は由香が執筆したものだった。

看護婦は、由香が中絶の理由を結婚のためと回答したことを記憶していた。

由香は看護婦から回答の不審さを聞き返された。

伊藤は「結婚前に出産したら終わりだ。結婚したければ中絶しろ」と発言していたが、由香は伊藤と結婚するため、中絶を決意していた。

伊藤は結婚を約束して由香の子供を中絶させ、結婚を迫る由香を殺害したと推測されたが、証拠が皆無だった。

由香が一条に居留守を使ったのは、中絶した日だった。

西條と澤村は一条が事件と関係ないと推理していた。

線路脇のおでん屋台の主人(宮沢元さん)は一条が、事件当日の午後10時30分頃から、終電が無くなる午前0時50分まで、屋台の椅子に座っていたことを証言した。

一条は何者かが待っているかのごとく、おでんを食べながら駅を見つめ、食後には歩道橋の中央に長時間立っていた。

由香の死亡時刻は午前0時前後20分の範囲内であるため、一条は由香の殺害に関しては完全に犯人ではないと断定された。

水木は一条を疑うことに反省していたが、一条の笑顔が気になっていた。

澤村は伊藤を尾行していた。

伊藤はマンションの自宅に帰宅したが、警察が何を掴んでいるのかについて動揺していた。

伊藤は戸棚に背広を収納した際、茶色の背広のボタンが無くなっていることに気付いた。

伊藤は屋外のゴミ捨て場に紙袋を処分した。

西條は紙袋を調査しようとする澤村を制止し、様子を見ることにした。

伊藤が捨てた紙袋には背広が入っておらず、刑事を騙すためのトリックだった。

伊藤は背広を処分しようとしたが、澤村に取り押さえた。

由香が握っていたボタンと、伊藤の茶色の背広のボタンが一致したが、伊藤は由香の死が自殺であると主張した。

由香は事件当日、カフェバーで伊藤と会ったときには、いつもと同じ態度をとっていた。

由香は事件当日の2,3日前、伊藤との婚約を取りやめていた。

伊藤は由香の誘われるまま、裏口からグリーンハイツに入り、午前0時頃に由香の部屋に到着した。

由香は伊藤にウイスキーを渡した直後、突如伊藤の背広の袖口のボタンを引きちぎり、部屋を荒らし、鳥籠を倒し、バルコニーから飛び降りた。

伊藤は由香が自分を殺人犯に仕立てるつもりだったことに気付いた。

伊藤は荒れた部屋を整理し、指紋を吹き消し、部屋にいた痕跡を消そうとしたが、袖口のボタンを取られたことには気付いていなかった。

伊藤は誰も由香の転落に気付いていないと思い、安心していた。

澤村と太宰は、伊藤が誰も現場を目撃していないことをいいことに、由香の狂言自殺をでっち上げたのではないかと考えていた。

島津は由香が死ぬ前日に、カナリアの餌を購入しているという根拠から、由香の死が自殺であると意見し、現場に小鳥の羽ではなく、餌と水が飛び散ったことから、鳥籠が倒れた際に逃げたのではないと推理した。

グリーンハイツのバルコニーの向かいにある、別のマンションの住人の学生が、事件当日、由香が小鳥を逃がすのを目撃していた。

由香はそっと小鳥を鳥籠から出し、何かを言い聞かせて逃がしていた。

由香の死は覚悟の自殺であり、伊藤をこれ以上追及することは不可能だった。

橘は伊藤を偽証罪で調書を取り、書類送検し、身柄を釈放することを決定した。

一条は由香の死とは無関係だった。

水木は公園で鳩に食料をあげている伊藤と会い、捜査結果を報告した。

香津子は実家に帰郷していた。

一条は人間の付き合いの脆さを実感し、面倒な「言葉」が無く、綺麗な鳴き声だけで意思疎通を図れる小鳥を羨ましがっていた。

水木は一条の「笑い」を不審に思ったことを謝罪した。

一条は悲しいとき、辛いとき、かえって愛想笑いをしてしまう癖があった。

一条は心の通い合わない人間を恐れ、いつ自分が人を傷つけるか分からないからからこそ、笑ってしまうのではないかと思っていた。

一条は由香が自分と似ていて、気が小さく、いつも人に遠慮して生きており、だからこそ、離れていても家出をしても、感情を理解していた。

由香は伊藤に騙され、裏切られ、殺害されたと言い残すため、証拠を残して自殺していた。

水木は自宅にて、ホームズ一世に捜査報告書を出力し、伊藤の供述調書を見ていた。

水木は一条の感情を理解し、事件解決に安堵していたが、一条が伊藤の話をした際には笑わなかったことを疑問に思った。

水木は何かを思い出し、自宅を出発し、タクシーに乗った。

一条は伊藤を尾行し、用意してきたスパナを構えた。

一条は「由香を返せ」と叫び、伊藤の頭をスパナで殴ったが、駆けつけた水木に制止された。

一条は由香の代わりに伊藤を殺害するつもりだったが、水木に説得され、観念した。

水木は捜査員に称賛された。

一条は執行猶予が確実だった。

 

 

メモ

*山田氏が、「悲しいときにいつも笑ってしまう」複雑なキャラクターを好演した回。

*ブルースに「ステレオタイプ」の意味を説明するドック。当時はこの言葉があまり浸透していなかったようだ。

*ロイヤルゼリーを服用するドック。

*マイコンの自宅とホームズ一世が登場するのは今回が最後となる。

*今回の予告には、「殺意との対決・橘警部」の1カットが混入してしまっている。

*今回は「赤ちゃん」と同時撮影。

 

 

キャスト、スタッフ(敬称略)

橘兵庫:渡哲也

島津公一:金田賢一

太宰準:西山浩司

澤村誠:又野誠治

水木悠:石原良純

岩城令子:長谷直美

 

 

一条哲次:山田吾一

一条香津子:八木昌子、伊藤伸也:石田圭祐

宗方奈美、一条由香:名代杏子、一条の旧友:増岡弘

おでん屋台の主人:宮沢元、石川裕見子、速見領

日東貿易重役:入江正徳、山本あやせ、山田鑑識課員:三上剛仙、山田美生子

 

 

西條昭:神田正輝

井川利三:地井武男

 

 

脚本:小川英、蔵元三四郎

監督:鈴木一平