兄が生まれたのは、東京オリンピックの1964年でした。
先日、母の本棚から、当時の毎日グラフが出て来たと書きましたが、母はスポーツ観戦も大好きでした。
特に野球、相撲、マラソンなど、「巨人、大鵬、卵焼き」ってヤツです。
40年前に越して、生涯住んでいた蒲田のマンションは第一京浜に程近く、お正月の箱根駅伝は、沿道に応援に行ったりもしていました。
そういえば、元気な頃は、危ないからやめろといくら言っても、チャリンコの遠乗りをして、何と蒲田から箱根駅伝のコースを通って、辻堂の祖母の家まで行った事もあった様です
(私の家にも来ました
)
そんな母だったので、東京オリンピックも何種目か観に行ったようでした。アルバムには、会場の写真も残されていました。
この写真は、後に亡くなってしまったマラソン選手、円谷選手です。
東京オリンピックのマラソンで、銅メダルを獲得した、時の人でした。
羽田空港に、何しに行ったのかはわかりませんが、円谷選手を見かけた父は、お願いして兄を抱っこしてもらったらしい。
心臓に毛が生えていた父の、エピソードの一つです![]()
昨年の東京オリンピックは、無観客での開催でした。
サッカー、ワールドカップで、会場が揺れるほどの歓声を聴くと、ああ、もう少し時期がズレていれば、いや、コロナなんて無ければ、きっと素晴らしく盛り上がっただろうにな、と今更ながら残念に思いました。
昨年のオリンピックの時、母はまだ存命でしたが、施設の人に頼んで、テレビを点けてもらっても、特に関心も示さず宙をみていたようです。
母の中での東京オリンピックは1964年の、あの大会だけだったんですね


