夕方たまらなくコーラが飲みたくなって、歩いて20秒ほどの自販機まで行った。すると足元に、明らかに財布が落ちている。

しかしこのご時世、糸でも付いているワナか爆弾かもしれない。物陰に潜んでいる何者かが動画を撮影し、気がついたらYouTubeにアップされ楽しまれている可能性もある。
この辺りは高齢化した山の上の住宅地で、外出にはほとんどが車を使う。休日は人通りもなく、だからいつから財布が落ちていたのか、気づく人もいなかったのか。
自販機の前に財布らしい物が落ちているけれど、怖いから拾わず、窓の隙間から様子を窺っている近所の人がいるかもしれない。そして明日には悪い噂が近所中に拡がっているかもしれない。悶々考えているうち、何だか緊張してきた。
とりあえず家で爆発されても困るから、中だけは探って行きたい。ちらりと覗くとお札や紙類が普通に入っているだけのようだ。とうとう拾って逃げるように帰った。
現金2万2千円に、大量の1円玉が入った小銭入れ。名前が確認できる物は、水道使用量の明細書と信用金庫のポイントカード、診療所の診察券。高齢者ぽい。住所はごく近所の9丁目だけど、付き合いがないし歩かないのでわからない。Yahoo!地図で検索してみると、細い道路を2本挟んでわずか7軒先だった。
明細の名前からは、かなり年配のおばあさんという印象だが、近所に独り暮らしのおばあさんはいない。ただ名刺裏のメモ書きを見るとおじいさんを想像させる。
さてここで選択肢は2つ。
①届ける
・診療所か信金に電話してみる。
・警察署に持って行く。
・自宅に直接持って行く。
診療所も信金も祝日で休業。警察署は車で10分かかるし、用事もないのに出たくないし、色々聞かれたくない。翌日以降になったら、なぜ届けるのがこんなに遅くなったのか、盗もうと考えていたのではないかと疑われるかもしれない。
②貰う
・人間、日本人としての誇りや尊厳
・道徳観
・神様、ご先祖様が見ている
・因果応報で同じ目に遭う
こうなると①だ。本当に年金暮らしの高齢者だったら今頃困っているだろうから。
まず初めに何と言おうか。中身を見たから逆に文句を言われるかもしれないなどと考えながら1分ほどで着くと、表札と同じ名字。
玄関先に腰かけた80代後半くらいのおじいさんが、財布の中から小銭をバラまき勘定している。今落としたばかりかも。名前を確認してみると本人だったので、財布を拾ったこと、確認のため中を見たことを伝えると、なんとそのじじい表情一つ変えず、『あっそう。おれ財布落としたのか』だと。人の気も知らないでと何だかイライラしてきた。だったら帰りますと財布ごと消えたかったが、やはりこのご時世、庭には防犯カメラがあるかもしれない。
気を取り直して話す。
自販機の前に落ちてたよと言うと『自販機で買い物なんかしてない。』と。じゃあそこでタクシー降りなかった?と聞くと『あぁ降りた。じゃあその時落ちたのか。』
結局喜びも謝意も表さないどころか、ありがとうの一言すら発さないじじいに対して、だんだん憎らしくなると同時に、無性に悲しくなってきた。
はっきり言ってあのじじい、金には困ってないし、財布もいくつかあるようだ。ボケてあんな場所で金勘定してたんだ。まったくどれだけ困ってるかと心配して届けた人の善意を無にしやがったうえ、じゃあ礼をみたいな素振りを見せつつ一度は出そうとした千円札を、やっぱりやめたと言わんばかりにしまいながら、最後に言い放った言葉が、『んで、あんた誰、知らねぇから礼はしねえから』だと。
こんなことになるなら最初から盗んじまえばよかった。優しさなんか起こすもんじゃない。そう思った自分すらも今なら天使に見える。
優しさを踏みにじられると、だったらこのまま犯罪者になっちまおうか、という気持ちに一瞬なった。犯罪なんてこんな少しの気持ちのズレから起こるのかもしれない。
優しさと犯罪は紙一重なんだな。しかし、善悪の狭間に陥った瞬間の感情を体験できたことは貴重かもしれない。
これから先、また財布を拾うかもしれない。だがその後どうなろうとも、どう思われようとも一切の善意は捨て、絶対届けないことだけは改めて決意した。

しかしこのご時世、糸でも付いているワナか爆弾かもしれない。物陰に潜んでいる何者かが動画を撮影し、気がついたらYouTubeにアップされ楽しまれている可能性もある。
この辺りは高齢化した山の上の住宅地で、外出にはほとんどが車を使う。休日は人通りもなく、だからいつから財布が落ちていたのか、気づく人もいなかったのか。
自販機の前に財布らしい物が落ちているけれど、怖いから拾わず、窓の隙間から様子を窺っている近所の人がいるかもしれない。そして明日には悪い噂が近所中に拡がっているかもしれない。悶々考えているうち、何だか緊張してきた。
とりあえず家で爆発されても困るから、中だけは探って行きたい。ちらりと覗くとお札や紙類が普通に入っているだけのようだ。とうとう拾って逃げるように帰った。
現金2万2千円に、大量の1円玉が入った小銭入れ。名前が確認できる物は、水道使用量の明細書と信用金庫のポイントカード、診療所の診察券。高齢者ぽい。住所はごく近所の9丁目だけど、付き合いがないし歩かないのでわからない。Yahoo!地図で検索してみると、細い道路を2本挟んでわずか7軒先だった。
明細の名前からは、かなり年配のおばあさんという印象だが、近所に独り暮らしのおばあさんはいない。ただ名刺裏のメモ書きを見るとおじいさんを想像させる。
さてここで選択肢は2つ。
①届ける
・診療所か信金に電話してみる。
・警察署に持って行く。
・自宅に直接持って行く。
診療所も信金も祝日で休業。警察署は車で10分かかるし、用事もないのに出たくないし、色々聞かれたくない。翌日以降になったら、なぜ届けるのがこんなに遅くなったのか、盗もうと考えていたのではないかと疑われるかもしれない。
②貰う
・人間、日本人としての誇りや尊厳
・道徳観
・神様、ご先祖様が見ている
・因果応報で同じ目に遭う
こうなると①だ。本当に年金暮らしの高齢者だったら今頃困っているだろうから。
まず初めに何と言おうか。中身を見たから逆に文句を言われるかもしれないなどと考えながら1分ほどで着くと、表札と同じ名字。
玄関先に腰かけた80代後半くらいのおじいさんが、財布の中から小銭をバラまき勘定している。今落としたばかりかも。名前を確認してみると本人だったので、財布を拾ったこと、確認のため中を見たことを伝えると、なんとそのじじい表情一つ変えず、『あっそう。おれ財布落としたのか』だと。人の気も知らないでと何だかイライラしてきた。だったら帰りますと財布ごと消えたかったが、やはりこのご時世、庭には防犯カメラがあるかもしれない。
気を取り直して話す。
自販機の前に落ちてたよと言うと『自販機で買い物なんかしてない。』と。じゃあそこでタクシー降りなかった?と聞くと『あぁ降りた。じゃあその時落ちたのか。』
結局喜びも謝意も表さないどころか、ありがとうの一言すら発さないじじいに対して、だんだん憎らしくなると同時に、無性に悲しくなってきた。
はっきり言ってあのじじい、金には困ってないし、財布もいくつかあるようだ。ボケてあんな場所で金勘定してたんだ。まったくどれだけ困ってるかと心配して届けた人の善意を無にしやがったうえ、じゃあ礼をみたいな素振りを見せつつ一度は出そうとした千円札を、やっぱりやめたと言わんばかりにしまいながら、最後に言い放った言葉が、『んで、あんた誰、知らねぇから礼はしねえから』だと。
こんなことになるなら最初から盗んじまえばよかった。優しさなんか起こすもんじゃない。そう思った自分すらも今なら天使に見える。
優しさを踏みにじられると、だったらこのまま犯罪者になっちまおうか、という気持ちに一瞬なった。犯罪なんてこんな少しの気持ちのズレから起こるのかもしれない。
優しさと犯罪は紙一重なんだな。しかし、善悪の狭間に陥った瞬間の感情を体験できたことは貴重かもしれない。
これから先、また財布を拾うかもしれない。だがその後どうなろうとも、どう思われようとも一切の善意は捨て、絶対届けないことだけは改めて決意した。