震災4日目にてようやく電気復活。ありがたさを痛感。ガスはプロパンだったため今のところまだ使えるが、なくなったらと心配。水は1日3回給水へ。普段当たり前のように流していたトイレも、水がないとこんなにも不便だったのかと感じた。

幸い灯油が少し残っていたので、今日まで暖を取れた。夜は蝋燭。明治初期までの暮らしはこんな感じだったんだろう。この時代にまさか体験するとは夢にも思わなかった。

食べ物は節約で1日1食。まだ店が営業していなく、食料不足。かろうじて開いている店は長蛇の列。値段も高い。今日はきゅうりとビスケットで凌いだ。

地震に驚いた猫達が一斉に逃げ心配していたが、4日目で全員無事に帰り安心した。

仙台に住んでいる彼の方は被害もひどく、マンションなためライフラインが全く復旧していない。
携帯もつながらず、とにかく安否確認のため向かった。スタンドが全滅でガソリンが入れられず、片道50キロを5時間かけて自転車で。
でもすれ違いになり会えなかった。当日帰ろうと思ったが、足が動かずマンション1階の避難所にて泊めてもらった。お茶やお菓子、毛布など貸してくれありがたかった。ただイスだったので寒くて疲れて眠れなかった。持って来ていたわずかの食料とメモを玄関先に置き、翌朝早く帰途についたが、足が使えず歩き。9時間かかった。
それから2日間疲れて動けなかったが、給水と食料補給に頑張って歩いた。

ガソリンさえあればこんなに苦労しなかったんだけど。

しかしこんなに強く、長い地震は経験がなかった。来てもせいぜい震度7くらいだろうからと安易に考え、ライフラインが止まるとも考えていなかった。だからポリタンクや食料などの備蓄も甘く、改めて備えることの大切さを学んだ。

以前の職場付近まで巨大な津波が襲い、町も人も全て飲み込まれてしまった。一緒に働いた方やお世話になった方々に、海岸付近の人が多く、安否がわからなくて辛い。

とにかく家は被害もあまりなく全員命があった。感謝するばかりだ。