
おはようございます
先日、私のブログで書いた仲間の葬儀の時の写真です。
昭和30年代からの石鯛とモロコ釣りをしてきました。
九州熊本城御中小姓、伊津野太吉さんのご親族でした。
御中小姓と言うのは現代で言う警察と自衛隊の頭で殿様の横に仕える人です。
江戸時代に肥後国熊本藩(細川家)に仕えていた家臣(武士)の一人です
熊本城は初代藩主、加藤清正によって築かれましたが、1632年以降は細川家が代々藩主を務め明治維新まで統治しました。
したがって、当時の公文書や分限帳(家臣名簿)において(熊本城)と冠されている場合、基本的には細川熊本藩主の家臣を指します。
主に藩主の身の回りの世話、警護、伝達、儀式での随行などを担当する実務的な近侍職でした。細川藩の分限帳(細川家家臣略系など)にも(御中小姓)と言うカテゴリーで多くの家臣が記録されています。
私達が静岡県の南伊豆本瀬で受けた一流メーカー所属されるプロのメジナ釣りクラブの方々からの嫌がらせの話は亡くなった仲間にも話はしてあるので全て知ってます。
南伊豆本瀬には二度と行くな!と言われました。
仲間は亡くなる前、20年以上前の話ですが南伊豆大瀬倉の下さんや南伊豆石廊崎喜美丸さんや南伊豆伊浜宝洋丸さんで石鯛釣りやモロコ釣りを最後にしたと記載が残ってました。
こちらに南伊豆には来るな!と言うなら、こちらは九州熊本や長崎や五島には絶対に来るな!と泣きながら話をしてました。
最後は寝たきりでしたので、読売巨人軍の長嶋茂雄さんが病気で入院してリハビリをしていた埼玉県戸田中央総合病院リハビリテーションのスポーツドクター病院へも仲間は一切予約無しで長嶋茂雄さんみたいに緊急搬送されたので、他の患者さんにどうやって予約無しで緊急入院したんだと聞かれました。