雑踏の中でひとり、
ビルの谷間の朱が
だんだんと藍色に塗りつぶされていく空を
見上げた。
スローモーションのように
人と車が棒立ちの私の傍をすり抜ける。
暑い?
ちっとも、、、。
少し湿り気を含んだ風には,もう夏の匂いがする。
私のいちばん好きな季節が、台無しじゃん。
ガン、かぁ。
ワタシ、ガンかも、
数時間前、あまりイケてないドクターから、
極めて、事務的に告げられた。
「悪性腫瘍の可能性があります。当院では治療不可能ですから、他を紹介します」
それって、癌ですか?
「ハッキリとは言えませんが、その可能性はあるので、すぐに精密検査を受けて下さい」
これが、よくテレビドラマとかで見たことのある
ちょっとやすっぽいガン告知ってやつか、、。
涙?
出ない。
ショック?
ないと言えばウソだな。
とにかく、はぁあ〜?って感じ?
なーんだ、ここの所の体調不良の原因は
これだったんだ。
困惑の中に妙に納得しているワタシがいる。
ふと、
右手に握りしめた携帯の呼び出し音が
延々と続いていることに気がついた。
チッ、、早く出てよ。
心のざわつきに、
自分で自分をごまかすのはやめようと決める。
呑気な声で電話に出たのは、皮肉にも、
大学病院の癌研究ラボで教授をつとめる従姉。
あら〜元気〜♪
元気じゃないよ。
ガンだってさ、
誰が⁉️
あたし、、
どこのガン?誰のジャッジ?
ちょっと待って、婦人科の教授のアポとってから掛け直す。
とにかく、スケジュール空けときなさいよ!
さすがにキャリアの女は仕事が早い!
なんて感心している場合じゃないって、
スケジュール!
そうだった、、。
これから先のことが全く見えない。
急に心臓がドキドキしてくる。
まずいよね、、。
セミナー、講演会、イベント、
仕事どーすんのよ!
超売れっ子ってわけじゃないけど、
半年先までの予定は
そこそこ決まってるじゃない。
穴をあけるわけにはいかないもの。
どーするのよ。どーするのよ。
代わりがいない仕事ってのが
厄介だな、、、。
とりあえず、
まだ身体は動くから、今月は何とかこなせる。
ガンって決まったわけじゃないし、、、。
と、根拠のないちっぽけな希望に一瞬でもすがりたくなるなんて、ワタシらしくない。
この時はまだ、
この病気のこと、治療のこと、
全てにおいてなめまくっていた。
いつものように、何とかなる、、、なんて、
事態の深刻さを全く理解してなかった。
浅はかなワタシ、、。
数日後、大学病院のお偉い産婦人科の女医から
とても気の毒そうに
ワタシは
悪性の卵巣腫瘍と診断された。
五年前の初夏、風薫る大好きな季節に、、、。
ガン告知
少しも安っぽくはなかった。
