カルロリッツィを演じたジャンニ・ルッソによると、ソニーがカルロをボコボコにするシーンでソニーが棍棒を投げてそれがカルロの頭に当たったのも、蹴り上げたのも、手を嚙んだのも全てソニー役のジェームズ・カーンのアドリブ。

一発空ぶっているが、実際にジャンニ・ルッソの肘は欠け、肋骨が二本折れた。

 

 

 

このカルロ・リッツィ役のジャンニ・ルッソは、子供の頃に小児麻痺にかかり、12歳からフィフスアヴェニューのSherry-Netherland hotelの前の路上でボールペンを売って生活費を稼いだ。

毎日ニューヨークのマフィアのボス、フランク・コステロ通りかかり、ジャンニ・ルッソに1、2ドルくれた。ある日、100ドルくれて、翌朝Waldorf-Astoria Hotelのロビーで会うようジャンニ・ルッソに言った。

その日から、ジャンニ・ルッソはフランク・コステロの下で使い走りをするようになった。

ジャンニ・ルッソは今はなきジャンニ・ルッソのステート・ストリート・カジノで、 Medellín coke cartel(コロンビアの違法薬物カルテル)のメンバーに割れたシャンパンボトルで腹を刺されたときを含め、正当防衛で3人殺している。

また、23回連邦裁判所に起訴されたが、一度も刑務所に入らなかった。

 

 

 

 

ジャンニ・ルッソは演技経験はなかったが、ラスベガスのローカル局で”Welcome to My lifestyle”という番組を作っていた。

彼が経営する宝石店チェーンのテレビコマーシャルの撮影に使っていたカメラクルーを使って二千ドルもかけてスクリーンテストを行った。

ゴッドファーザーのプロデューサーのアルバート・S・ラディがエキゾチックな車と東洋の女性が大好きだと聞き、パリのミュージック・ホール「フォリー・ベルジェール」のコーラス・ラインのアジア人のショーガールにミニスカートの運転手の衣装を着せてベントレーに乗せ、スクリーンテストをルディに直接渡させた。(この女性はブランドの恋人となった)

ジャンニ・ルッソは役をもらえなかったので、パラマウントのプロダクション責任者だったチャールズ・ブルードーンに共通の友人(ギャング)を通じて連絡した。