カルロ・リッツィを演じたジャンニ・ルッソによると、ソニーがカルロをボコボコにするシーンでソニーが棍棒を投げてそれがカルロの頭に当たったのも、蹴り上げたのも、手を嚙んだのも全てソニー役のジェームズ・カーンのアドリブ。
一発空ぶっているが、実際にジャンニ・ルッソの肘は欠け、肋骨が二本折れた。
このカルロ・リッツィ役のジャンニ・ルッソは、子供の頃に小児麻痺にかかり、12歳からフィフスアヴェニューのSherry-Netherland hotelの前の路上でボールペンを売って生活費を稼いだ。
毎日ニューヨークのマフィアのボス、フランク・コステロ通りかかり、ジャンニ・ルッソに1、2ドルくれた。ある日、100ドルくれて、翌朝Waldorf-Astoria Hotelのロビーで会うようジャンニ・ルッソに言った。
その日から、ジャンニ・ルッソはフランク・コステロの下で使い走りをするようになった。
ジャンニ・ルッソは今はなきジャンニ・ルッソのステート・ストリート・カジノで、 Medellín coke cartel(コロンビアの違法薬物カルテル)のメンバーに割れたシャンパンボトルで腹を刺されたときを含め、正当防衛で3人殺している。
また、23回連邦裁判所に起訴されたが、一度も刑務所に入らなかった。
https://www.vanityfair.com/news/2009/03/godfather200903
ジャンニ・ルッソは演技経験はなかったが、ラスベガスのローカル局で”Welcome to My lifestyle”という番組を作っていた。
彼が経営する宝石店チェーンのテレビコマーシャルの撮影に使っていたカメラクルーを使って二千ドルもかけてスクリーンテストを行った。
ゴッドファーザーのプロデューサーのアルバート・S・ラディがエキゾチックな車と東洋の女性が大好きだと聞き、パリのミュージック・ホール「フォリー・ベルジェール」のコーラス・ラインのアジア人のショーガールにミニスカートの運転手の衣装を着せてベントレーに乗せ、スクリーンテストをルディに直接渡させた。(この女性はブランドの恋人となった)
ジャンニ・ルッソは役をもらえなかったので、パラマウントのプロダクション責任者だったチャールズ・ブルードーンに共通の友人(ギャング)を通じて連絡した。