人生に疲れることもある
せっかくの人生、たった一度の人生、
楽しんで好きなことして生きていきたい。
けどそれが難しい。
私は小さいころから、なぜ自分が生まれてきたのか、
なぜ生きていくのか、などを考えることが好きでした。
希死念慮とかそういうことではなく。
単に、どうしてだろう、と思っていました。
ですが、それを母親に聞くと、
自〇願望があるとでも思ったのか、
考えるなと否定されてきました。
命あるもの、必ず朽ちていきます。
ある程度決まった人生の時間の中で、
なぜ人に好かれようと必死になったり
お金を稼ごうと必死になったり
人に羨まれる人生を送ろうと思ったり
人より優位な立場になりたいと思ったり
権力を持って、武力をもって、人を傷つけてでも上に立とうとしたり
するのか。
たぶん、満ちた人生を送りたいからなのかな、と勝手に思っています。
その人その人によって価値観は違います。
なので、何が一番大事なのか、何が一番有意義なのかは
その人によって答えは違うでしょう。
お金がなくても幸せだと思う人もいれば、
お金がいくらあっても足りないと思う人もいる。
人の上に立って権力を持つことをやりがいとする人もいれば、
人を支える立場にやりがいを感じる人もいる。
幸せの指針はみんな違います。
当然ですね。
だから、自分のその指針に沿った生き方をしているかどうかなのかなと。
私は出来ていませんが。笑
幸せ以外の指針とは何か。
例えば、正義とか生きがい、家族、真実、夢、お金とか。
私の場合は、「信念」です。
ちょっとかっこいいですよね。笑
これは昔からずっと思っていて、何があっても譲れないところだな、と。
これは私の勝手な考えなのですが、
正義は簡単に歪みます。
真実は捻じ曲げることができます。
(↑ちなみにこれ、自作の小説でも書いた気がします。)
信念は、自分が曲げない限りずっとそこにいます。
ここは譲れない、納得いかない、筋が通らないとか。
結構頑固って言われることもありますが、
ここだけは譲れないとか、ここからは許せないとかあります。
権力も武力も必要なくて、人を動かすことはそれだけじゃ出来なくて。
言葉とか、それに比例する行動力とか。
漫画とかアニメが心に響くのって、
キャラクターたちがそれを実践しているからなのもあるんだと思います。
人に嫌われることを恐れることもなくて。
自分ができることを精一杯必死にやって。
だから仲間とか友達もそれに応えようと必死になる。
普段の生活の中で、そんな仲間がいますか?
仲良しこよしとか、傷を舐め合う仲とは違いますよ。
言うべきことはしっかり言って
喧嘩しても殴り合っても
相手のことを思いやって全力でぶつかっていく。
ただ仲良し、じゃダメなんです。
本心で語り合えるのか。
良いところも悪いところも全部受け入れているのか。
そういえば、生きるについての話でした。
私が言いたかったのは、
「自分にとって、人生で大事なことを見つける」
ということです。
別に、無理に人とのつながりを持たなくてもいいと思います。
無理に前向きにならなくてもいいし、
無理に自分に向かないことをしなくてもいいし。
ここだけは譲れない。
というものがあって動いているならいいと思います。
そこに納得いかずに進んでいると
ふとした瞬間に思います。
「何してるんだろう」って。
自分の中で曲げられないもの、それだけまず見つけてください。
すでにある方は、それを指針に動いてください。
あなたの人生はあなたのものです。
あなたの指針で動けば、その人生は納得のいくものになります。
たとえ他人よりお金がなかったとしても
たとえ他人より狭い部屋で生活したとしても
それはそれでいいんです。
他人と比べてどうかよりも
自分と向き合って恥じない生き方をしているかどうか。
生きるって、そういうことだと私は思っています。
大人だって辛いことも悲しいことも卑屈になることもあります。
いくらだって泣いていいし、いくらだって落ち込んでいいです。
泣かない強い人になりたいんじゃないんです。
泣ける優しい人でありたいんです。
最期に笑って逝きたいじゃないですか。
恨み辛みを言い残したくないじゃないですか。
「ありがとう」って伝えたいじゃないですか。
だから私も伝えますね。
みなさま、いつもありがとうございます。
こうしてみなさまと繋がれて、本当に感謝しています。
これからもどうかよろしくお願いいたします