母に付き合って行った木更津のアウトレットで、おなかすいて食べたパンケーキ by クアアイナ
モコモコの生クリーム
メープルシロップをかけて、美味しゅう御座いました
因みに母との会話は続かない続かない(爆笑)
「今ここ」に居るのに 口から出てくる言葉は
明日明後日一週間後の予定の心配と 「○○さんはこうで △△さんはこうで・・」
と人にフォーカスした話ばかり。
「で?・・ お母さんどこいった(´・ω・`)?」
てな調子で全く波動が合わなくなっていました~
☆☆
「わたしもそれ、意識して取り入れたーい」
とその気になりまして
(こういうとこ単純(^w^)、そして後に 「宇宙の法則」は 日常生活のなかにたくさんヒントとして在り、もう最初から全部在る ということが附におちる)
そこから繋がったいろんなかたのブログを読み、本を読み、
コツコツ実践してみたところ、気がついたら だんだん 心の『錆び』が取れていき、
「いかに自分をないがしろにしてきたか」
が露呈した訳なんですね。
わたしの 本能 または女性性 または本当の自分
または 源の自分 または魂 または子宮・・
あーもう呼び方は何でもいっか
だから、「見えない世界に居る自分」がやっとこさ、見えて(意識にある)きたんですね。
それは これまでの自分の思い込み(設定)に気付く、ってことなんですけど、
細かく掘っていく作業は、なかなかに地味だし、なかなかたどり着かなかったのね~、わたし。
たとえば、「なんか食べたいなぁ」って思ったとして、そこにあった お煎餅を食べたとします。
なんの疑いもなくバリバリ食べながら、ふと、立ち止まるんですよ。
あれ(´・ω・`)?
わたしは お煎餅が食べたかったのかφ(゜゜)ノ゜?と。
で、本当に食べたかった「ミルキー」を食べて(わざわざ買いに行く→自分の欲求にはストイックに反応)、
見えない自分と今いる自分の思いが繋がり、満たされた訳です。
・・と、このときの「掘り下げ」はここまでだったのですが・・
そもそも「なんか食べたい」って、なんでそう思ったの?
(しかもこのとき、わかったように書いてますけど、これが 「思考」の声だったのか「本能」の声だったのか 、わかってないのではないか?)
・・こんな感じで、「見えないホントのわたし」は何がしたいのかな?
という細かい対話をしていきながら、「全ては肉体(見える自分)の選択」ってことがわかってきて、
「なーんだ、生まれたその瞬間から、『何も無くて 全部在った』のに、自分でいろいろくっつけてたんじゃーん」
と附に落ちたとき、この「わたし」という命を「個」(物質)という状態に造り出してくれた両親に感謝が溢れたんですよね。
だから、それまで父や母がそれぞれに創りだした世界(支配したいとか、被害者でいたいとか笑)に
このままずっとわたしも居座り続けても、その世界から出て「自分の大好きだけの世界」を創っても、
どっちでもよくて、肝心なのは
わたしが選ぶ
ということ。
だったら、大好きだけの世界に居る❤
って決めたんですね。
そうすると、前にも書きましたが(しつこい)
父や母の世界(思考のクセ)をまるごと受け入れ、でもその世界の思考は手放しました。
だから母との会話が噛み合わなかったり続かなかったりしても、「そうなのね~(  ̄▽ ̄)」と 思うだけ。
わたしが変わったからといって、母にも同じ事を強要するのは違います。
そりゃ時々 「なんでそんなに頑固に被害者になってんのよ(*`Д´)ノ!!!、それ、手放しちゃえ!」って思いますが、
そんなときこそ、「意識が外に向いているよ」と「見えない自分」が教えてくれるんですね。
☆☆
久しぶりに母と行動したら、短い時間なのに、
随分と長い記事になってしまいました
要するに 母とわたしは別。でも根っこは「感謝」だよ❤
ってことですね。
あれ?
三行で終わったじゃん
「命を繋ぐ(繁栄の法則)」で脳裏に映る光景