今年の桜は長く楽しむことができました🌸

 

子供はいよいよ年長。

家庭の雰囲気は、前回のブログからさらに悪くなりました。

夫のことを好きだと自分に言い聞かせて、だまし続けていたことに気付いた瞬間から何もかもが虚しくなりました。

今まではなんだったのなあと。

私が望んで歩んできた人生だから、自分以外の誰の責任でもないのだけれどいかんせんエネルギー切れ。

もっと柔らかいところが私の中にはあったのに。努力する自分が好きだったのに。

そんな自分を大切にしていたし、慕ってくれる人もいたのに。

いつの間にかこんなに遠くに来てしまった。

疲れてしまった。

 

子供は元気です。

 

久々に読み返してみたら、まともな文章を書けていたことにびっくりしています。

 

息子は年長を控え、私もすっかりママとしてのそれなりの振る舞いが板についてきたように思います。

しかし前回の記事から約2年。病状ははっきり言って悪くなりました。

厳密にいうと病状というより頭の悪さ。

 

夫との生活から来るストレスから逃げたくて、一層の事鈍感になってしまいたいと思いすぎたのか、本当に鈍感になってしまいました。

今やそれを通り越し明らかに学力が落ちてきています。

 

長い文章が読めないし、表現がパッと出てこないし、簡単な英単語すら忘れてしまいました。

 

頭の中と同様、家もごちゃごちゃしています。

なぜ体調が悪いのかしら?病気?薬?ストレス?

ある程度「調子が良いとき」と「そうでない時」の区別はできていたのですが、最近は明らかに後者が大きくなってきてしまい、生活全体のクオリティが下がってきています。

 

 

一人で電車に乗り込み、曇り空を眺めていると、ふと自由が現れた。
その自由は不安定で、どう扱っていいのか分からず持て余してしまうものだった。
不安に駆られて車内を見渡すと、所在なげに座っている大人たちも、みな同じように戸惑っているようだった。

リーマスは止めました。今は精神を安定させると謳っている漢方薬を飲んでいます。
良い感じに効いているようで、いつもなら「キーッ!」となってしまうような時も、「落ち着け落ち着け」と、一息ついて物事を捉えられるようになりました。
と言っても、イライラするハードルはだいぶ低い。

子供が入園して、他のお母さんと接する機会が生まれました。
いつも心臓バクバクだけど、とりあえず今のところはセーフ。
子供の話をすれば場が持つのがありがたい。

意外にも、お迎えのときに「何を着ようかな?」と考えるのが楽しかったり、バクバクしつつも夫以外の大人の人との会話が息抜きになっていたりするのに気づいた。

提出物に記入したり、メールをしたりと苦手なことが一気に来て毎日がどっひゃーな感じだけど、今までのらりくらりと苦手なことを避けて生きてきたのを正す良いきっかけが来た、と捉えることにしました。

 

リーマスを増量してからしばらく経った。200から400mg。
初めは調子が良くなったかな?と期待をしていたけれど、そのうち段々とだるさが出てきてしまい、これでいいのだろうか、このまま800mgまで増やしていくだなんて、一体どうなってしまうのだろうと不安な気持ちは増すばかり。


調子の良し悪しの指標だった外出&家事の回数は激減した。


それでも希望をなんとか持ちつつ飲み続けてみたけれど、いい方向への変化はないまま時間が経っていった。
そして、4月に入ってからスパッと飲むのを止めた(薬を急に止めると良くないと言われているのは知っているけれど、今までそういうことを感じたことは私は一度もない)。
パッと、頭の中のもやが消えた。

 

そんなことがあり、とりあえず800mgまで増やしてから様子を見ましょうという主治医の考えに疑問が生まれてしまった。彼のことは全面的に信じていたけれど、疑いは一度生まれてしまうとそれまでと同じように付き合うのは途端に難しくなる。

 

前主治医は患者の話をよく聞くことを重視するタイプで、私には合っていたと思うし、実際患者からの人気は高かった。
けれど、私の記憶では彼は見るたびに顔に疲れが出るようになってきていて、ある時期からすっきりと元気になった。ああ良かったなぁなんて思っていたのもつかの間、なんの知らせもなく突然病院を辞めてしまわれた。


大きなショックを受けた。いろいろなご事情があったのだろうけれど、突然の出来事に驚いたのと同時に裏切られてしまったという思いは大きかった。交代からわずか3か月後、引き継いだ医師は私の人生を大きく変えてしまう決断を下した。色々な事が起こり、結果として私の両親と疎遠になった。


何もかもに耐えきれずに逃げるように今のところに引っ越した。今思うと軽い躁状態だったと思う。でも、そうなるしかなかった。

環境を変えること以外に、前向きになれる方法はなかった。

とにかく突き進むように物件探しをし、住んでいた一軒家を売却する手筈を怒涛の勢いで整え、無事売却。今の物件の購入のタイミングを奇跡的に合わせ、地元に戻ってきた。

 

そして、私は自分の名前を法的に変えた。ずっと苦しめられてきていた名前にさようならをすることを、自分へのご褒美とした。

 

つけた当人である父は、私の名前を大層気に入っていた。名前には日常で目にすることはまずない漢字が当てられていて、読まれたことはないし、当て字ではないものの、ふり仮名がなければパっと見ではどう見ても男性の名前なのだ。だから、学校の初めての出欠では「○○くん」と呼ばれ、恥ずかしさでいっぱいになりながら読み方を訂正し、そのたびに自分のアイデンティティは揺らいだ。自尊心は少しずつすり減っていった。名簿にふり仮名を書き込まれているのを見ることすら辛かった。

 

今の時代ではそんなことはきっとないのだろう。でも、少なくとも私の同世代には、昔からあるような「中性的」ではなく、明らかに男性と思えてしまうような名前の持ち主の女性はいなかった。

そんな風に、子供の頃から辛かったり恥ずかしかったりするような出来事はそれこそ山のようにあり、もはや呪いのようだった。

 

それでも父の思いを知っていたから、彼を悲しませたくなかったし争いになることは嫌だったから、伝えることはしなかった。改名することなんて考えたこともなかった。

でも、引っ越しと同時に名前を変えた。あっけないものでなんと1週間ほどで変更の許可が下りた。

いかにも躁状態のエピソードのような出来事だけれど、その後2年経った今でも後悔していないし、むしろ良かったと思うことばかり。

でも、1つだけ悪いことがあった。とんでもなく大きなことだ。

それは父にいつどんな風に伝えようかと思案している私をよそに、絶対に伝えないでねと言っていたにもかかわらず、夫が父に伝えてしまったことだ。

父は激高した。無理もないことだ。私はそれまで自分の名前に辱められてきましたなんて一度も伝えたことはなかったのだから、寝耳に水にも程があっただろう。

 

話は戻り、今の主治医はどちらかと言うと投薬での治療を重視していて、カウンセリングもあるのだけれど、別途申し込まなければならない。
カウンセリング料金はものすごく高いわけではないけれど、安くはない。医師の勧めにより受けてみたけれど、効果は確かにあった。
でも躊躇してしまうようになったのはあまりに効果がありすぎたせいだ。自分の歩んできた人生の不毛さ、今の自分の不出来さ、両親から受けていた悪い影響の大きさ、自分の考えの偏りに否が応でも向き合わざるを得ず、負荷が大きかった。
ああそうだったんだ!と考えが良い方に変わることもあったので悪いことばかりではなかったけれど、心の底や記憶を深く深く掘り下げることは、辛い作業だった。

 

そんな訳で、前の主治医に戻りたい、という思いがむくむくと頭をもたげてきた。突然辞めてしまわれたと上に書いたけれど、ネットで検索すると今の勤務先は出てくるのだ。

 

思うままに書いたのでめちゃくちゃになってしまった。自分なりに客観的に書いたつもりだけれど、愚痴っぽくなっちゃたかな。

諦めたくない。親業を。

現実的で率直な意見と助けがほしい。

でも遠慮してしまったり、変なことが口を突いて出てきてしまい変な空気になってしまったりするのが怖くて、今まで支えてくれた人たちに話を聞いてもらう決断ができない。

 

元気になった私、精神が基本的に安定していて、自分の言動をきちんと覚えている私がいるとする

 

ああもうこんな時間だ、ご飯作らないとなーってキッチンに立って

好きな音楽を聴きながら息子とダンスをしたり

時にはお菓子を作ったりもしたりなんかしちゃって

天気のいい日はサンドウィッチとフルーツをバスケットに詰めてお出かけをする

疲れて帰ってきたら夫が食器を洗ってくれる

 

日差しの差し込むリビングで日向ぼっこをする

観葉植物を外に出す

清潔になるためにお風呂に入り、いい香りの湯気を上げた体を拭き上げる

 

息子の体をぎゅっと正しい強さでだきしめる

 

もう一度、翻訳の勉強を始める 私の熱量と知識と技量がきちんと比例して、それを支える体力がある私

 

「くるまってなに?」と息子に問われて、「色々なところに行きたいからじゃないかな」とつい口をついて出てきた言葉。私も、色々なところに行きたい。

 

よもや迫った、幼稚園お迎え問題。

先日とうとうボイスレコーダーの性能をチェックするため、外出先で夫との会話を録音してしまった。

コートのポケットだと遠くてあまり聞き取れない。ハンドバッグの中なら大丈夫そうだ。

 

多分これ、本当にやると思う。何を言ったのか、言われたのか、忘れることがあまりに多すぎる。

 

平日5日外出、会話、これを3年。怖いのはその先。反動が怖い。

 

週1だけでもお迎えをシッターさんにお願いしてみようかなぁ。本当は週2,3でお願いしたいけれど、高すぎる。これを以前やって離婚問題に発展してしまった。

先日、ベッドルームにチェストを購入。

2年も開けていない10以上もあるダンボールをなくそうキャンペーン、ようやく発動。

 

家族全員が「帰って来たい」と思えるような家にしたい。私は今の家が十分に好きだけど!

メルティーキッスとベンアンドジェリーズを買ってきてくれた!

とっても嬉しかった♪