もう十分、自分を探してきた人へ。


本を読んだ。

自分と向き合った。

ノートにも書いた。

ジャーナリングもした。

人に相談したこともある。

新しいことだって、いろいろやってみた。


それでも、

「結局、わたしってこうなんだよな」

「今まで散々いろんなことをしてきたのに、
結局、何も変われなかった」


と思う。

・・・・・・



もしそんな話を聞いたら、

わたしは

「それ、ほんと?」

と思います。



「そんなことないですよ。
あなたはちゃんと変わってます!」


と言いたいわけではありません。


本当に、変えたかったことは
変わらなかったのかもしれない。

続けたかったのに、
続かなかったのかもしれない。

何度やっても、
同じところに戻ってきたのかもしれない。


でも、

「何も変わらなかった」

は、本当だろうか。


その答え、

今、決めちゃって良いのかな?

 

 

 

 

■ 「たとえばどんなことですか?」


たとえば、

「わたし、何をやっても続かないんです」

と言われたとします。


そうしたらわたしは、

「たとえばどんなことですか?」

と聞くかもしれません。


資格の勉強を始めたけど、半年でやめた。

運動も一年でやめた。

副業も続かなかった。


なるほど。

確かに、
途中でやめたことはいくつもある。


でも、よく聞いたら、

その「続かなかった副業」は、
3年やっていたかもしれない。


そうしたら、

「……それ、3年続けてますよね」

って言いたくなると思います。

むしろ言います(笑)


だからといって、

「あなたは本当は継続できる人なんです!」

と、新しい答えを渡したいわけでもありません。


半年でやめたこともある。

一年でやめたこともある。

3年続いたこともある。


だったら、

「わたしは何をやっても続かない」

だけではない見方も、
できるかもしれない。


あるいは、

いろいろ話した結果、

「いや、やっぱりわたしは
続けるのが苦手だと思う」


となるかもしれない。


それでもいいんです。


大事なのは、
ポジティブな答えに変えることではなくて、

自分について出している答えを、

実際にあったことと一緒に
もう一度眺めてみること。


そんな時間をつくることにしました。


新しいメニュー、

「Your Entrance」

です。


 

■ 90分、あなたの話を聞きます

 

 


Your Entranceでやることは、
とてもシンプルです。


90分、1対1で話します。


これまでどんなことがあったのか。

今、何を思っているのか。

これからどうしたいのか。


話したいところから、
話せる範囲で話してください。


順番にきれいに説明しなくても大丈夫です。

話があっちへ行ったり、
こっちへ行ったりしても大丈夫。


わたし自身、よく脱線します。


そして、

本人はさらっと通り過ぎたことばなのに、

「それ、さっきの話と
つながってません?」


と思ったり、

「そこ、もう少し聞いてもいいですか?」

と思ったりすることがあります。


わたしは、

その人がどんな経験を経て、

今のその人になったのか。


それを聞くのが、
尋常ではなく好きです。


だから、

「わたしって、こういう人なんです」

という話が出てきたら、

その自己分析だけで

「なるほど、そういう人なんですね」

では、たぶん終わりません。

 

……終わるかもしれませんが。


「そう思うようになったのって、
何かありました?」

「たとえば、どんなことがありました?」


と聞くかもしれません。


あなたの自己分析が
間違っていると証明したいわけではありません。


その通りかもしれない。

ちょっと違うかもしれない。

昔はそうだったけれど、
今は少し違うかもしれない。


話してみないと、
わたしにもわかりません。

 

 

 

 

 

 

■ 「なんでそうなったんだろう」が気になる

 

 


たとえば、

電車に乗っているとき。

カフェで、
おいしいコーヒーとケーキを味わっているとき。


近くの席にいる人の話が
ふと耳に入ってくることがあります。


もちろん、
いつも他人の話を分析しているわけではありません。


でも、

なぜか引っかかることばがあると、

「この人、
この考え方をするようになるまでに
どんな経験をしてきたのかなあ」


と考えていることがあります。


「この考え方だと、
生きづらいこともあるだろうなあ」


と、勝手に思うこともあります。


え?

わたし?


わたしも十分、
生きづらい中身をしていますよ。


残念なことに。
(↑全然残念そうじゃない)


とはいえ、

カフェでたまたま居合わせただけの人に、

「ところで、
あなたがそう考えるようになった経緯を
詳しく教えていただけますか」


とは聞けません。


なので、

おおかた答えはわかりません。


その場では、

ただ想像するだけです。


でも、

目の前に本人がいて、
その人の話を聞いているときは、

気になったことを
聞いてみることができます。


「それって、
何かきっかけがあったんですか?」


とか。


「さっきの話と、
今の話ってつながってます?」


とか。


そこで、

「いや、全然違います」

と言われることもあるでしょう。


それなら、

「あ、違いましたか」

でいいんです。

 

 

 
当てることが目的ではないので。


わたしが思いついたことは、
あくまでわたしの見立てです。


かなり

「これかもしれない」

と思うことがあっても、

それがその人にとっての事実かどうかは、
別の話です。


見立てはする。

でも、
見立てを事実にはしない。


そのうえで、

「じゃあ、どういうことなんだろう」

と、また話を聞く。


たぶんわたしは、

人そのものを分析したいというより、

何かが引っかかったときに、

「なんで?」

「どうしてこうなったんだろう?」


と、

その奥を辿りたくなるんだと思います。



振り返ると、

仕事でも、
似たようなことをしてきました。


以前、
ロードサービスのコールセンターで働いていたときは、

電話で聞いた限られた情報から、

「今、どこで、何が起きているのか」

を頭の中で組み立てながら、
必要な手配をしていました。


その後は、

オペレーターが残した短い記録から
状況を読み取り、

クライアントのシステムへ
情報を引き継ぐ仕事にも携わりました。


記録だけでは状況がわかりにくいときには、

断片的な情報から

「たぶん、
こういうことが起きていたんだろう」


と状況を組み立てて、

どう入力すればいいのかを
スタッフに伝えることもありました。


2015年からは、

オンライン秘書・オンライン事務局として
仕事をしています。


文字だけのやりとりの中で、

「もしかして、
今こういう状況なのかな」


と考えることも、
たくさんありました。


そして、

講座やセッションを提供する人の
裏側を支えながら、

そこに参加する人たちのことも、
文字越しにたくさん見てきました。


決して安くないお金を払って、

「今度こそ変わりたい」

と申し込む。


でも、

高いお金を払ったからといって、
人が必ず変わるわけではありません。


途中でやめた人もいました。

最後まで走れなかった人もいました。


「もったいないな」

と思ったこともあります。


一方で、

そのサービスでは
わかりやすい結果が出なかったとしても、

そこで知った人やものが、

何年か経って、
別のところにつながっていく。


そんな様子を見ることもありました。


わたし自身にも、

そのときは
何にもならなかったと思っていたことが、

何年も経ってから
芽を出した経験があります。


経験したときと、

その経験が
何かになるときは、

同じとは限らないようです。


だからわたしは、

誰かの

「変われなかった」

ということばを聞いたとき、

それをその人の人生の
最終的な答えとして扱いたくないのだと思います。


本当に変わらなかったのかもしれない。


でも、

まだ見えていないものが
あるのかもしれない。


それは、

話を聞いてみないと
わかりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 答えを出すための90分ではありません




Your Entranceでは、

目標設定はしません。

行動計画も作りません。


「今日からこれをやりましょう!」

も、基本的にはやりません。
 
 
目標を決めたり、
行動計画をつくったり、
その実行を伴走したりすることを得意として、
それを仕事にしている人はたくさんいます。


そういうことが必要なときは、
そちらを頼ってください。

わたしは、
あなたの人生の正解を知りません。


「仕事を辞めた方がいいと思いますか?」

と聞かれたら、

わたしなりの意見を
お伝えすることはあるかもしれません。


でも、

それはあくまで、
わたしのいる場所から見た意見です。


最後に決めるのは、
あなたです。


そして、

90分話したからといって、

人生が変わるとも言いません。


スッキリするとも限りません。


むしろ、

「なんかわからなくなりました……」

となる可能性もあります。


どうぞモヤっとしてお帰りください。


今まで、

「わたしはこういう人間だから」

と思っていたことが、

「……ほんとかな?」

になるかもしれない。


反対に、

「いろいろ話したけど、
やっぱりそうだと思う」


になるかもしれない。


どちらでもいいと思っています。


わたしが、
あなたの答えを書き換えるための時間ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ わかろうとはする。でも、わかったことにはしない




人の話を聞いていて、

「わかるううう」

と思うことがあります。


実際、言います。


でも、

相手のことを100%理解できた、
とは思っていません。


似た経験をしていても、
同じ経験ではないからです。


育ってきた場所も、

出会った人も、

そのとき何を感じたのかも違う。


だから、

自分の経験を重ねて、

「あなたもきっとこうだったんですね」

と、わかったことにはしたくありません。


なぜなら、わたし自身が
 
「あなたもきっとこうだったんですね」
 
と言われることが嫌いだからです(笑)
 
 
「てめえにあたしのなにがわかるんだ!?ああん!?」
 
……と思うので。へへへ。


わかろうとはする。

でも、
わかったことにはしない。


そして、

背景を知ることと、
すべてを肯定することも別だと思っています。


過去の自分について話して、

「なぜあのとき、
あんなことをしたんだろう」


と思うこともあるでしょう。


背景を見ていった結果、

「そうか。
だからあのときのわたしは……」


と思うかもしれない。


それでも、

「あの選択は嫌だったな」

と思ったっていい。


無理に許さなくてもいいし、

「すべて必要な経験でした」

と、美談にしなくてもいい。


あなたの話を、
わたしの知っている物語に
当てはめないこと。


これは、
Your Entranceで大切にしたいことのひとつです。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんな人に




たとえば、


・自分について、もう何度も考えてきた

・自己分析やジャーナリングをしてきたけれど、同じところに戻ってくる

・「わたしはこういう人」と思っていることがある

・いろいろやってきたのに「何も変われなかった」と感じている

・人生の一区切りで、一度これまでのことを話してみたい

・何か重大な悩みがあるわけではないけれど、自分の話をしてみたい

・誰かに答えを出してほしいわけではない

・一度、さあやとちゃんと話してみたい


そんなときに、
使ってもらえたらと思っています。


逆に、

「正解を教えてほしい」

「具体的な行動計画を作ってほしい」

「90分で悩みを解決してほしい」


という場合は、

Your Entranceは
あまり向いていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 後日、メッセージをお届けします



90分の対話が終わったあと、

お話の内容を振り返ります。


あのことばが気になるな、とか。


あの話とあの話、

離れているようで、
どこかつながっている気がするな、とか。


なぜかわからないけれど、
あの話が残っているな、とか。


そうやって、

わたしの中に残ったものから、

あなたにひとつ、
ことばを書きます。


長いレポートではありません。

分析結果でもありません。

あなたがどういう人なのかを
まとめたものでもありません。


ポストカード一枚に収まるくらいの、
ことばだけ。


万年筆で書いて、
封をして、

後日、郵送します。


意味の解説はしません。


どう受け取るかは、
あなたにお任せします。


しっくりくることもあれば
 
ピンとこないこともあると思います。
 
そんな時、まずは一度寝かせる。

 

寝かせてもどうにもならん!

 

そんなことも、あると思います。

それも含めて、
どう受け取るかはお任せします。

 

■ わたしも途中です



わたし自身も、

変えたいのに変えられないことがあります。


続けたいのに、
続かなかったこともたくさんあります。


完全無欠な人間が、

あなたを正しい場所へ
連れていくサービスではありません。


わたしもまだ、

自分について
わからないことがあります。


その状態のまま、

一人の人間として、

90分だけ、
聞き手を引き受けます。


Your Entranceは、

あなたを別の誰かに変えるための
入口ではありません。


今ここにいるあなたが、

ここまで何をして、
何を選んで、
何を考えてきたのか。


それを一緒に眺めてみる。


その先で、

扉を開けるのか。

開けないのか。

そもそも、
そこにあるのは別の扉だったと思うのか。


それは、
あなたが決めてください。


わたしができるのは、

その扉の前に、
一緒に立つところまでです。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ Your Entrance


時間:90分

料金:33,000円(税込)

形式:
・オンライン(Zoom)
・対面(東京23区内)

※対面の場合、カフェ等での飲食代は各自ご負担ください。


含まれるもの

・90分の対話
・対話のあとに書く「ことば」一枚(後日郵送)


お申し込みフォームには、

「話してみたいこと・気になっていること」

を書く欄があります。


回答は任意です。


うまくまとめなくても大丈夫です。


今の時点で書けることがあれば、
書ける範囲でお聞かせください。


時間は90分です。


話が盛り上がっても、

「待って、
ここからめちゃくちゃ大事な話なんですけど」


となっても、

基本的に延長はしません。


人生は90分で終わらないので、

続きは、また別の日に。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ お申し込み

こちらよりお申し込みください

 

 


 

■ 最後に

 

 


Your Entranceは、
カウンセリングではありません。


医療行為、心理療法、診断、治療等を
目的としたものでもありません。


お話の内容によって、

わたしが扱える範囲を超えていると判断した場合には、

その話題について深く扱うことをやめたり、
専門機関・専門家へのご相談をおすすめしたりすることがあります。


何かを解決してから来なくて大丈夫です。


うまく話せなくても大丈夫です。


「特に話すことないんですけど」

でも構いません。


そのときは、

そこから始めましょう。


好きな音楽やマンガの話でも、

全然OKです。

 

 

 

自分なんて、
探さなくても生きていけます。


毎日働いて、

ごはんを食べて、

好きなことをして、

誰かと笑って、

寝る。



ソシャゲをやってもいいし、

スポーツをしてもいい。

麻雀を打ってもいいし、

お酒を飲んでもいい。


それで楽しく過ごせるなら、

人生はちゃんと人生です。


なのに、

なぜかわたしは、

何度も自分のことを考えてきました。


「わたしって、何なんだろう」

「このままでいいんだろうか」

「もっと何かできるんじゃないか」

「もっと“良い”自分になれるんじゃないか」


本を読んだり、

ノートに書いたり、

新しいことを始めたり。


そして、

やめたり。






「結局、何も変わらなかったな」

と思ったり。


もういいや、

と思ったり。


それなのに、

しばらくすると、

また自分のことを考えている。


どうやらわたしは、

諦めが悪いようです。




■ 手帳を使いこなしたい


わたしには、

何年経っても諦めきれないことがあります。


その筆頭が、


「手帳を使いこなす」


です。


……急にスケールが小さくなりました。


優雅な手帳タイム。


小さなイラストを入れたりして、

 

毎日びっしり書き込まれたページ。


かわいいスタンプなんかも押して。


そんな手帳をつくりたい。


……無理でした。


/(^o^)\あかん


何度やっても続かない。


なのに、

またやりたくなる。


新しい手帳を見ると、

「今度こそ」と思う。


かわいいスタンプを見ると、

買う。


スタンプは増える。


手帳は空白。


/(^o^)\やっぱり


それでも、

また始める。


そう考えると、

わたしは

「手帳を使いこなせない人」

なのかもしれません。


でも同時に、

「手帳を使いこなす自分を、
ずっと諦めきれない人」

でもあるようです。


そもそも、

わたしにとって

「手帳を使いこなす」って、

何なんでしょうね。


予定がわかれば、

それで十分なのかもしれない。

 

実際のところ、予定はGoogleカレンダーに全部入れてる。



殴り書きでも、

必要なときに役に立っているなら、

それも「使えている」のかもしれない。

 

実際のところ、感情を書き出すためのノートには

 

毎日とはいかなくても書き出すことはしている。




……けど。


やっぱりわたしは、

小さなイラストを描いて、

スタンプを押して、

 

デイリーログを毎日更新して

 

ハビットトラッカーを塗りつぶす

そんなカラフルな手帳への

 

憧れが捨てきれないのかもしれません。

特に、自由度が高いバレットジャーナル。

 

ロイヒトトゥルムのノートをお店で眺めては

 

「ぐぬぬぬ……」と拳を握って通り過ぎます。





■ 三日坊主は、何回やってもいい


三日坊主という言葉があります。


三日やって、

やめる。


また始めて、

三日やって、

またやめる。


それを10回繰り返したら、

その人は

「三日しか続かない人」

なんでしょうか。


それとも、

「10回始めた人」

なんでしょうか。


三日でやめたことも、

10回始めたことも、

どちらも本当です。


だから、

「あなたは本当は継続できる人なんです!」

と言いたいわけではありません。


三日坊主は、

三日坊主かもしれない。


でも、

何度やめても、

なぜかまた始める。

始めてしまう。



どうして、

また始めたんだろう。


何を、

そんなに諦められなかったんだろう。


三日坊主なんて、

何回やってもいいんですよ。


またやりたくなったら、

また始めればいい。


わたしはそうやって、

自分のことも何度も始め直してきました。




■ 「わたしはこういう人」


わたしたちは自分について、

いろんな答えを持っています。


「わたしは何をやっても続かない」

「飽きっぽい」

「人付き合いが苦手」

「どうせ変われない」

「昔からこういう人間だから」


その答えが、

間違っているとは思いません。


実際に、そう思うだけのことが

たくさんあったのかもしれない。


ただ、

その答えを、

今決めちゃって良いのかな?

とは思います。



三日でやめた。


でも、

また始めた。


3ヶ月で辞めた。


でも、

3ヶ月そこにいた。


「あれは勉強代だった」


でも、

何を勉強したんだろう。


「何も変われなかった」


でも、

本当に何もなかったんだろうか。


だからといって、

全部をポジティブに

言い換えたいわけではありません。


無駄だったものは、

無駄だったのかもしれない。


続かなかったものは、

続かなかったのかもしれない。


「やっぱり、わたしはこういう人だな」

という答えに戻ってくることもあると思います。


それでもいい。


ただ、

一度出した答えを、

もう一回テーブルの上に置いてみる。


その答えをつくったものを、

もう一度眺めてみる。


それで何かが見つかるかもしれないし、

 

見つからないかもしれないけれど。




■ わたしはあなたの「秘伝のタレ」が知りたい


自分のことを

散々考えてきたせいなのか、

わたしは、


その人の人生と、
 

今のその人に至るまでのできごとを聞くのが
 

尋常ではなく好きです。



どんな経験を経てきたのか。

 

なぜその選択をしたのか。

 

 

たくさんの材料を鍋にぶち込んで

 

煮詰めては継ぎ足し、

 

また煮詰めて熟成している

 

 

あなたをあなたたらしめているもの

 

それをわたしは勝手に

 

「秘伝のタレ」

 

と呼んでいます。

 

 

わたしはあなたの秘伝のタレが知りたい。



わたしは、

相手のことを

100%理解できるとは思っていません。


似た経験をしていても、

同じ経験ではないからです。


育ってきた場所も、

出会った人も、

そのとき何を感じたのかも違う。


だから、

わかろうとはする。


でも、

わかったことにはしない。


その人の背景を知ることと、

すべてを肯定することも、

同じではないと思っています。


ただ、

その人が

どうしてそう考えるようになったのか。


どうしてその選択をしたのか。


どうして今、

自分のことを

そんなふうに話しているのか。


わたしができなかったこと

 

選ばなかったことを経験した

 

わたしとは違う肉体と精神を持つ人の話。

 

 

話を聞いたからと言って

 

追体験できるわけではないけれど。

 

とにかく聞くのが好きです。

 

 

よく自己啓発界隈で

 

「お金を払ってでもしたいこと」

 

を仕事にすると良いと言われますが

 

わたしにとって誰かの半生を聞くことは

 

お金を払ってでもしたいことのひとつです。




■ 「変わりたい」人たちを見てきた


わたしは2015年から、

オンライン秘書・オンライン事務局として

仕事をしています。


その中で、

講座やセッションを提供する人の

裏側を支えながら、


そこに参加する人たちも

文字越しにたくさん見てきました。


決して安くないお金を払って、

「今度こそ変わりたい」

と申し込む。


でも、

高いお金を払ったからといって、

人が必ず変わるわけではありません。


途中で走ることをやめた人もいました。


最後まで続けられなかった人もいました。


「もったいないな」

と思ったこともあります。


そして、

誰かが伴走してくれることだけを

申し込む理由にしても、

それだけでは難しいんだな、

とも思いました。


コーチでも、

コンサルタントでも、

講師でも、


その人の代わりに

人生を生きることはできません。


結局、

自分がどうしたいのか。


そこには、

本人の意思が必要なんだと思います。


一方で、

わたし自身には、

そのときは何にもならなかったと思っていたことが、

何年も経ってから

芽を出した経験もあります。


「あのときのあれ、

ここにつながってたのか」


と思うことがある。


経験したときと、

その経験が何かになるときは、

同じとは限らないようです。


だから、

「あれは無駄だった」

「勉強代だった」

「結局、変われなかった」


と聞くと

 

「本当にそうかな?」

 

と思うのです。


それが間違っていると

言いたいわけではありません。


ただ、

 

「それは死ぬまで変わらないのかな?」

 

と思うのです。





■ 人生、全ての伏線は回収できません


人は、

生まれてきた意味が欲しくなることがあります。


でも、

人間も動物です。


言葉があって、

社会があって、


ほかの動物より少し、

いろいろなことを

考えられるようになった動物。


本当は、

生まれただけで十分なはずなのに。


人だから、

その先を考えてしまう。


何者かになりたい。


意味が欲しい。


より「良い」自分になりたい。


あの出来事にも、

何か意味があってほしい。


自分の人生に散らばったものを、

できることなら、

きれいにつなげたい。


でも、


人生、

全ての伏線は回収できません。


「あれは何だったんだろう」のまま、

終わることだってあると思います。


それを、一緒に紐解くことが

できるかもしれません。


できないかもしれません。


わからないものは、

わからないまま残る。


それなのに、

人は考えてしまう。



複雑で、

面倒で、

ときどき自分でも

うんざりする。


でも、

その煩雑さを背負って、

人として生まれてきた。


だったら。




みっともなく、

泥臭く、


足掻こうじゃないか。




何かを成し遂げられるかは、

わかりません。


理想の自分になれるかも、

わかりません。


手帳だって、

来年も使いこなせないかもしれない。


スタンプだけ、

また増えるかもしれない。


/(^o^)\わーお


それでも。


何度やめても、

何度、「もういい」と思っても、

また始めてしまう。


たぶんわたしは、


それでも、

「自分」を

諦めきれなかったんだと思います。




■ それでも、「自分」を諦めきれなかった人へ。


このブログには、

いろいろなことを書いています。


人のこと。


仕事のこと。


ことばのこと。


物語のこと。


自分のこと。


たぶん、

全然関係ないところにも

よく脱線します。


でも、

根底にはずっと、


「あの人は、どんな人生を生きてきたんだろう」


「あの人は、自分の人生を

どんなふうに見ているんだろう」


そんな興味があるような気がします。


わたし自身、

まだ途中です。


自分のことも、

よくわかりません。


変えたいのに、

変えられないこともあります。


続けたいのに、

続かないこともあります。


それでも、

また始める。


また考える。


また、

自分に戻ってくる。


だから、

同じように


もう十分、

自分のことを考えてきたのに、


それでもなぜか、

自分を諦めきれなかった人へ。


色々な言葉を

 

脈絡なく残していきます。



答えになるかは、

わかりません。


人生の伏線を

回収できるとも限りません。


ただ、

「それ、本当かな」


と、

一緒に眺めることくらいは

できるかもしれません。



そして、

一緒に「なにもなかったね」と

 

がっかりしたり

 

今までの人生を

 

バイオグラフィーなどの

 

形に残したり

 

見つめ直すお手伝いをすることが

 

できるかもしれません。

そういう仕事をしています。




それでも、「自分」を諦めきれなかった人へ。


わたしもその一人です。

 

まだまだ、自分を諦められなくて。

 

みっともなく、泥臭く、

 

足掻いています。

さあやです。

 

バイオグラフィーやプロフィール文の作成

一点もののペンデュラムの制作

なるべく消耗せずに回る事務づくり

 

などを通して、

あなたがあなたに還り、

自分の人生を味方につけながら、

未来へ歩んでいくためのお手伝いをしています。

 

 

 

突然ですが、

なかったことにしたい過去、

ありませんか?

わたしにはあります。

 

ヤン坊マー坊のように(これで世代がバレる)

小さなものから大きなものまで、様々。

 

けれど、その過去も含めて

自分なのだと思っています。

 

 

たくさん失敗もしたし

恥もかいたし

思い出すのも嫌だ

 

……たくさんあります。

 

 

だけど、

その過去があったから今がある。

 

 

全てを受け入れる必要はありません。

曝け出す必要もありません。

 

 

ただ、

「あんなこともあったなぁ……」

と眺める。

 

目の前を流れるように走る

車を眺める感じで。

 

 

その出来事があったから

今の自分がある。

 

そう思えないものがあったって良い。

 

ただ、

それを経験して

それを乗り越えて

生きてきた事実は

尊い事実です。


 

自分の過去に砂をかけない。

 

わたしはオタク属性が強いのですが

「黒歴史」という言葉は使いません。

 

「……そんなこともあった……(遠い目)」

 

で片付けます。

ただ置いておく。

掘り返さない。

 

 

 

でも、置いておいても目につくこと、

ありますよね。

意識しないようにすればするほど

どうしても気になる。

 

そういう時は

完全に意識を逸らせるほかの何かをやるか

とことん付き合うかのどちらかです。

 

 

 

 

わたしがお作りするバイオグラフィーは

人生の中にある点と点を結び、線にします。

線と線が絡まり合い、形になることもあります。

 

「あの過去があったから今がある」

を、一緒に見つけて、それを形にします。

 

 

ご自身のこれまでの歩みを

「今日まで頑張って生きてきたな……」

と読んで振り返ることができる

 

そんなバイオグラフィーを制作しています。

 

 

こんにちは、さあやです。

バイオグラフィー制作や
オーダーメイドのペンデュラムを通じて
その人が「自分に立ち返る」ための
お手伝いをしています。

 

image


以前、わたしは人の「秘伝のタレ」が知りたい、
という話を書きました。

 

 


今日はその続き。
「知りたい」を仕事にした話です。


わたしは、ただ経歴が羅列されただけの

プロフィールにはあまり心惹かれません。

いつ、どこで、何をしたか。
事実を並べただけの文章では、
わたしにはどこか物足りない。

タレの味を見て、
その人の為人(ひととなり)や、
どんな物事を乗り越えて、
今それをしようとしているのかを、

知りたい、と思ってしまうのです。

 


 ***

わたしは以前から、
プロフィールの作成を細々と続けていました。

その方の人生を走る糸を
手繰り寄せるように、
深く入り込んで文章を考え、構成する。

そんなプロフィールを。

でも、作成途中の内容確認をお願いした後、
連絡が来なくなってしまうことがありました。

一人ではなく、複数。

お待たせしすぎてしまって、
もう良いと思われてしまったのだろうかと、
落ち込むこともありました。


それでも。

何回失敗しても、
誰かの人生を聞くことを、
それを形にすることを、やめられない。

だったらもう、腹を決めるしかない。

「あ、わたし、バイオグラフィーを書く人になろう」

そう決めたら、驚くほどスッキリしました。

何かがカチリとハマったような感覚がして、
望んでいたのはこれだったんだ、と
瞳が潤みました。


思えば、わたしは
音楽を作っても適量が見つけられず、
デザインをしても正解と言い切れませんでした。

けれど、言葉なら。

言葉なら、時間がかかっても、
ちゃんと自分のベストを導き出せる。

「これがわたしの秘伝のタレ、うちの味」
だと言い切れる。


盛らない、偽らない。演出しない。
けれど届くように。

あなたの中にも、
長い時間をかけて煮込まれてきた
唯一無二の味わいが、あります。

その「秘伝のタレ」を、
人に届く形に整えるのが、わたしの仕事です。


▶ バイオグラフィー制作の詳細はこちら
Authentic Yours: outer biography

 

 



▶ わたし自身のオートバイオグラフィー全文はこちら
「わたしを生きる」という契約 -All of Me: autobiography-

 

 

こんにちは、さあやです。

 

バイオグラフィーの制作や

ペンデュラムの制作、

事務パートナーとして事務周りのお手伝い

 

などを通して、

「自分自身に立ち返る」

ためのお手伝いをしています。

 

 

今日はオーダーペンデュラムのご案内です。

 

drop blueというブランド名で

ペンデュラムを制作・販売しています。

 

 

image

 

 

音叉のサウンドセラピーを学んだ

13年前に初めて手にしてから

ペンデュラムの魅力に惹かれてきました。

 

一点もののペンデュラムを手に入れたいと

ずっと思っていたのですが、

それなら自分で作ってみようと

思い立ったのが今年の春のこと。

 

これまで数十本のペンデュラムを制作し

直感を大切にされる方などを中心に

お迎えいただきました。

 

お仕事に使っているという

お声もいただいています。

 

 

drop blueのペンデュラムは

天然石をチェーンに散りばめています。

 

image

 

まるで惑星系だなあ……と

自分自身で思っていたのですが、

ある時に、わたしはペンデュラムで

宇宙をつくっているんだなと

気が付きました。

 

 

image

 

 

完成品の販売もしていますが、

おすすめは断然オーダーメイドです。

 

 

お申込みくださった方のために

 

・振り子になる天然石

・チェーンの色

・星になる天然石

 

これらをペンデュラムによる

ダウジングを中心に決定し

組み上げていきます。

 

 

完成品は「誰かの宇宙」

オーダーメイド品は「あなたの宇宙」

同じものは二度と作れません。

 

 

お届けする際には

アイテムシートをセットにして

お送りします。

 

 

ペンデュラムだけではなく

わたしが提供するサービスは

「自分自身に立ち返る」ためのものです。

 

答えは、自分自身が知っている。

忘れてしまったり、隠してしまったり

見て見ないふりをしている答えも

 

ペンデュラムは時に優しく

時にビシッとストレートに

振り子の揺れとして見せてくれます。

 

 

また、日々のお守りとして、

そっと身につけていただくこともできます。

 

 

ふと迷った時

ただ会話がしたい時

ペンデュラムがあなたに寄り添い

未来に向かうサポートをします。

 

 

あなただけの宇宙を

お手元に迎えていただければ嬉しいです。

 

 

オーダーのお問い合わせ・お申し込みはこちらから

 

 

 

 

 

完成品はこちらからお求めいただけます