クナイプ自然療法とはクナイプ神父が冷水に浸かることによって
自分の病気を治したということから広がったセラピーです。
【はじまり】
1821年、セバスチャン・クナイプは、南ドイツ・アルゴイ地方の
小さな村の貧しい機織り職人の家に生まれました。小学校を卒業後、
日曜学校に通いながら機織りの手伝い、下男、左官工、日雇い労務者
などの肉体労働にたずさわります。そして24歳の時に、貧しさから
の栄養不足と過酷な労働による疲労から、肺結核を患ってしまいます。
その上、薬も買えず、医者にも見放されます。
病気を抱えながら、27歳でミュンヘン大学の神学科に入学した彼は、
図書館でヨハン・ジークムント・ハーンの著書「脅威なる水の治癒力」
という本に運命的な出会いをします。この本に書かれた「冷泉療法」
に感銘した彼は、自分の肺結核をこの方法で治せるのではと考え、
ドナウ川の冷水に下半身を浸す方法を試みます。
すると、水に入る前まではぐったりしていた体が、冷水浴の後には
生き返ったように変わるのを実感したのでした。
「この方法ならきっと良くなる」、そう確信したクナイプ青年は、
「冷水浴」と「運動」の組み合わせを毎日くり返しました。
最初に直感したとおり、やがて結核の体は何事もなかったかのように
元気に回復。冷水の刺激によって引き出された「自己治癒力」を、
彼は身をもって体験したのでした。
神学校を卒業し、30歳で神父になったセバスチャン・クナイプ神父は、
身近でコレラになった信者に自分が体験した「冷泉療法」を勧めたところ、
その人の病気が消えてしまいました。それをきっかけに、助けを求める人々を
「冷泉療法」で治療するようになります。また、神父として信者の臨終の
床に呼ばれると、そこでも瀕死の病人を治してしまうことが度々
あったといいます。やがて、うわさは街中に広まり、大勢の人々が
クナイプ神父のもとを訪れるようになります。
しかし、そのうわさは教会組織の上層部の耳にも届き、「怪しげな治療を
している悪い神父」と非難されて、僻地の教会に左遷されます。
それでも神父を頼って訪れる患者の数は増えるばかりで、頼られては治療
し、上層部ににらまれては左遷される…をくり返して、何度目かの
左遷でヴォーリスホーヘンという小さな農村に着任します。
すでに治療家として有名になっていた神父ですが、ヴォーリスホーヘンへ
の赴任を機会に、治療活動を止めて神職に専念することを決意し、
最後の締めくくりとして、自分が考案した治療の実践方法を記した
「私の冷泉療法」を出版しました。
ところが、皮肉なことに、この本によって神父はますます有名に
なってしまい、さらに多くの患者が訪れることになります。
そのため、やむなく治療を再開しますが、怪しげな治療をする神父として
裁判にかけられてしまいます。
しかし、あまりにも多くの患者の病気が治っている事実に、裁判官は
無罪と判定。さらにその裁判官までもが神父に治療を依頼したのでした。
無罪になった神父は、1888年に、ヴォーリスホーヘンの街に専用の
「水治療室」を開設し、たくさんの患者の治療にあたっていきます。
また水治療は、強い刺激よりも弱い刺激を何度も与えることや
温水と冷水を交互に浴びることなどの方が、より高い治癒効果を引き出す
ことが分かりました。そして、水療法に改良を重ねて多様な
「クナイプ式水療法」を考案していきます。
クナイプ神父は医師ではありませんでしたが、病気に対する洞察力は
医師以上に優れていました。たくさんの患者に接するうちに、病気や
体調不良には、偏った食事や運動不足、精神の不安定、生活の
不摂生などが関わっていることに気付いていました。
そして、薬(当時は薬用植物)だけではなく、良質な食事や適度な運動、
規律ある生活によって、体質を改善することが病気の根本治癒に
つながると確信しています。
自分が医師でないことに限界を感じていた神父は、医師の力を借りるために
呼びかけたところ、当時の医学会を代表する多くの医師が協力を
申し出くれます。
その医師たちの参加を得て、神父が考案した「クナイプ式水療法」に、
「食事療法」、「植物(薬草)療法」、「運動療法」、「規律(秩序)療法」を
加えて、「クナイプ式自然療法」を確立します。
若い頃、貧しかった神父は多くの貧しい人々を病から救いますが、
治療費を受け取ることはありませんでした。しかし、多くの患者からの献金や、
治療を受けた内外の権力者たちから支援金が寄せられ、神父の資産は
当時のドイツで一番の権力者であるビスマルク宰相の資産に匹敵するほどに
膨れ上がります。
神父は、その資金で治療所を運営するための財団を作り、1890年に
総合クリニックの第一号である「セバスチャニウム」を開設します。
また、1893年には貧しい子供たちのために小児療養所も開設します。
ローマ法王庁公認の治療法として認められます。
1893年、オーストリアのヨーゼフ大公がクナイプ神父を訪れ、坐骨神経痛の
治療を受けます。それ以来、大公は神父の財政的支援者となり、また、神父を
ローマ法王に紹介します。
1894年、神父はローマに赴き、法王・レオ八世の前で「体の自己治癒力」について
講演。また法王の求めに応じて冷泉治療を行い、ついに「クナイプ自然療法」は
ローマ法王庁公認の治療法として認められます。
また、神父のもとに、近隣諸国の王室、アラブの王様、インドのマハラジャまでもが
治療に訪れるようになります。
同年には、神父の考えに賛同する25人の医師によって、最初の
「クナイプ自然療法・医師連盟」が設立されます。一般市民もまた、クナイプ自然療法
の普及を図る協会を結成。
やがて世界一の健康運動組織である「ドイツ・クナイプ連盟」に発展して、
クナイプ自然療法はヨーロッパ各国やアメリカにまで広まっていきます。
【どんなもの?】
体質改善や病気の治癒に欠かせない「食事療法」「運動療法」「植物(薬草)療法」
「規律(秩序)療法」を基本に、クナイプ神父が考案した「クナイプ式水療法」
を加えた五つの治療法で構成されています。
1.水療法
注水、温冷交互浴、清拭、水踏み(水中歩行)、全身浴、3/4身浴、半身浴、
座浴、腕浴、脚浴等。
2.運動療法
一人一人に合わせた運動プランを作り、根気良く、ベッドの中からでも運動を
始めさせる。運動の処方は、ベッドの中、室内、野外(クアパーク)、山歩き、
プールなどで行う。マンツーマン及びグループで行う。乗馬、スキー、サイクリング、
ハイキング、ゴルフ、テニス等のスポーツも処方される。
3.植物療法
薬用植物の抽出液を精製した浴用剤や錠剤、薬用植物がお茶や食用として
処方される。
4.食療法
予防や治療に対する栄養学的基本を考慮し、一人一人の状況に合わせて
食事が処方される。栄養価を損ねないよう調理法や、有機農法による
新鮮な野菜や果物、保存料等の使われていない食材が使用される。
5.秩序療法
この療法は、上記4本の柱の上位概念として、或いはクナイプ療法の屋根として
考えられている。あらゆる面で人間の本質に迫るものであり、本能的に
規律正しい生活環境への適応が根本理念となっている。
あらゆる生活の時間的リズム、処世法、人生観等が持ち合わせている
生理的リズムと合致しなければならない。