アクティベータ治療とは神経の働きを改善させる為に開発された


治療法の事です。



【はじまり】


アクティベータ治療はアメリカで1967年にDr.FuhrとDr.Leeという二人の


Drが共同で、神経の働きを改善させる為に開発されました。


目的は神経の働きの悪い関節や筋肉の受容器(刺激を感じるセンサーの


役割の組織)を、検査により見つけ出し直径約1.3cm程の円状の治療器の


先端部で刺激を与える事により、脳からの神経の命令を改善していき、体の


不調を治すという治療法です。


(人の体に有効な強さ・スピード・周波数が設定されています)


又、世界中で同じ治療の質を維持する為に、アメリカ本部のAMIという組織が世界中


のカイロプラクターの大学卒業後の教育と登録を管理しています。


現在、アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・EU全域・南米アジアの


順に世界に3万5千人程の専門教育を受けた施術者がいます。


この治療法の一番の特徴は、患者側の負担やリスクが最も少なく、乳幼児から


お年寄りまで安心して受けられることです。



【どんなもの?】


アクティベータ療法では、この神経系に注目して神経系の働きの悪い箇所を分析し、


背骨を中心に筋骨格系の関節部位や筋肉をアクティベータ器で振動刺激を与えます。


この振動刺激は、人体の神経エネルギーを調整するための十分な振動周波数を

持ち備えており、ほとんど痛みを伴ないません。


<施術の流れ>


1.左右の下肢の差より、問題の有無や状態を評価します。

2.この様な動作により、全身の筋肉(背筋・大腿四頭筋・腓腹筋)
の状態から、問題部位の位置や方向・傾きを評価します。

3.検査の結果、問題とされる神経の機能異常の部位に対し、周波数
・方向を考慮の上で刺激していきます。(無痛です。)

4.神経の機能が改善されると下肢の筋肉への命令が変わり運動・知覚・自律神経の
左右差が改善され、脳からは正しい情報が身体に伝わり、症状が改善します。

<メリット>


・病院や整体院では行えない神経受容器に対してアプローチできます。
・刺激は軽い振動刺激だけなのでお子さんからお年寄り、妊婦さんも
 安心して受けられます。 
・カイロプラクティックのテクニックの中で最も再現性が高く、
 認定者がいる国であれば、世界中で同じ施術が受けられます。
・局所的ではなく、全身に対してアプローチができます。
・日々、大学病院や研究施設で研究されて続けています。
   
<デメリット> 


・軽い振動圧刺激だけなので、強い刺激を好まれる方やマッサージを
 してもらいたい方には向いていません。
・一度でよくなられる方もいらっしゃいますが、基本的には
 神経系を安定化(記憶化)させるためには3~6回程度の来院が理想です。

ゲシュタルト療法は、未完結な問題や悩みに対して、再体験を
通しての「今ここ」での「気づき」を得る心理療法です。



【はじまり】


ゲシュタルト療法は、1950年代にフレデリック(フリッツ)とローラ・パールズ


夫妻、ポール・グッドマンらによって生み出されました。


パールズ夫妻はもともと精神分析医でしたが、1947年に出版した


「自我、飢餓、そして攻撃性」で精神分析と決別し、1951年出版の


「ゲシュタルト療法-人間性の活力と成長-」によってゲシュタルト療法を


世に送り出しました。


ゲシュタルト療法の生成は、精神分析、ゲシュタルト心理学、実存主義・現象学、


東洋思想などの影響を受けています。


フリッツはフロイト派のライヒから教育分析を受け、彼の「有機体的自己統制」


や「筋肉の鎧(muscular armor)」などの考え方に大きな影響を受けました。


また「ゲシュタルト」という言葉は、「形の全体像」「統合された全体」を意味し、


「地と図」と共にゲシュタルト心理学が生んだ概念です。


また実存主義・現象学から「今・ここ」の「気づき」など、さらに禅や道教から


「無」や「陰陽」の思想を取り入れています。


フリッツは、天才的に直観が優れた人で、これらを〝右脳的〟にブレンドして


ゲシュタルト療法を臨床的に確立しました。


ところが彼は〝左脳的〟な人ではなかったので、これを理論的・体系的に


整理することに力を注ぎませんでした。


それをしたのは、妻のローラと、ポール・グッドマンです。


1952年には彼ら主催の勉強会が発展してニューヨークに、さらに1954年には


クリーブランドにゲシュタルト研究所が発足しました。


その後、全米各地に、そして今では欧米を中心に世界中にゲシュタルト研究所が


開設されています。


1960年代、フリッツはラジオの定時番組を持つなど時代の寵児的な活躍を見せ、


多くの場でゲシュタルト療法のデモンストレーションを行いました。


この頃の彼のワークは短時間で劇的な結果を生む〝瞬間芸〟的なものでした。


その結果、様々な意味で矛盾と誤解が生じ、ゲシュタルト療法から人々の


心が離れて行きました。


「グロリアと3人のセラピスト」のビデオには、この頃のパールズが収録されています。


1970年のフリッツ没後、ローラやイザドア・フロム、ポルスター夫妻などの


着実な努力により、ローラの言う「体験的、実存的、実験的」な療法としての


ゲシュタルトが徐々に再評価されるようになりました。


現在のゲシュタルト療法の柱は、実存主義・現象学、「我-汝」の関係、場の理論、


変容の逆説的な理論です。


これらをベースに「体験的、実存的、実験的」である限り、そして他の手法と


混合させない限り、それがゲシュタルト療法であるという考え方に基づいて


発展を続けています。


最近ではエンプティーチェアを使わない「関係対話療法」が欧米で盛んに


なりつつあり、また企業組織のコンサルティングにもゲシュタルトの手法が


活用されるようになってきています。



【どんなもの?】


人間がたえず心理的成長をするためには「気づき(自覚する)=アウエアネス」


ということが大切な基本的アプローチとなります。


「気づき」とは、人が何らかの情報にアクセスできて、その情報を行動の


コントロールに利用できる状態のこと。


例えば
「空が曇っている」ことに気づいていること。
「自分が寂しい」ことに気づいていること。
これらのことを言語で伝えることができる状態などのこと。


しかし、人は全てのことに気づいているわけでなく、むしろほとんどのことに


気づかずにいます。


つまり、多くのことを意識的にでなく、無意識に処理を行っているのです。


たとえ、自分自身に問題があっても、それに気づいていなければ対処のしようも


ありません。


気づかない場合には選択のしようがなく、いつもと同じ自動的な反応が起きること


になります。


選択肢のない硬直な状況よりも、多くの選択肢の中から状況に応じて選べる柔軟性が


あったほうがいい。


そして、選択というものを実現するためには「気づき」が必要となるのです。


気づくことによって、何かしらの選択ができる。


将来を自分で自由に選択することで、人生の可能性を広がるのです。


ゲシュタルト療法では、意識的にどこに注意を向けるかによって、意識されずに


「地」となっていた部分を、意識の前面である「図」に反転させるプロセスを


重視します。


自分の体の声や感情に耳を傾け、「今ここ」で自分に何が起きているかに注意を


向ける。そして、気づきを通して、抑圧された無意識な部分を意識化させる援助を


します。


どの様なやり方で現在自分を抑圧しているかを知ることで、現在の新しい状況に対処


することが出来る様になるのです。



有名な「ルビンの盃」というのもがあります。


白い部分に注目すると「盃」が見え、
黒い部分に注目すると「向き合った顔」が見えます。

形に見える領域を「図」、その背景となって見えるのを「地」といい、
「盃」を「図」とする時、「向き合った顔」である「地」の部分は見えません。
しかし、全体像としてはそのどちらでもあります。




クナイプ自然療法とはクナイプ神父が冷水に浸かることによって
自分の病気を治したということから広がったセラピーです。



【はじまり】


1821年、セバスチャン・クナイプは、南ドイツ・アルゴイ地方の


小さな村の貧しい機織り職人の家に生まれました。小学校を卒業後、


日曜学校に通いながら機織りの手伝い、下男、左官工、日雇い労務者


などの肉体労働にたずさわります。そして24歳の時に、貧しさから


の栄養不足と過酷な労働による疲労から、肺結核を患ってしまいます。


その上、薬も買えず、医者にも見放されます。


病気を抱えながら、27歳でミュンヘン大学の神学科に入学した彼は、


図書館でヨハン・ジークムント・ハーンの著書「脅威なる水の治癒力」


という本に運命的な出会いをします。この本に書かれた「冷泉療法」


に感銘した彼は、自分の肺結核をこの方法で治せるのではと考え、


ドナウ川の冷水に下半身を浸す方法を試みます。


すると、水に入る前まではぐったりしていた体が、冷水浴の後には


生き返ったように変わるのを実感したのでした。


「この方法ならきっと良くなる」、そう確信したクナイプ青年は、


「冷水浴」と「運動」の組み合わせを毎日くり返しました。


最初に直感したとおり、やがて結核の体は何事もなかったかのように


元気に回復。冷水の刺激によって引き出された「自己治癒力」を、


彼は身をもって体験したのでした。


神学校を卒業し、30歳で神父になったセバスチャン・クナイプ神父は、


身近でコレラになった信者に自分が体験した「冷泉療法」を勧めたところ、


その人の病気が消えてしまいました。それをきっかけに、助けを求める人々を


「冷泉療法」で治療するようになります。また、神父として信者の臨終の


床に呼ばれると、そこでも瀕死の病人を治してしまうことが度々


あったといいます。やがて、うわさは街中に広まり、大勢の人々が


クナイプ神父のもとを訪れるようになります。


しかし、そのうわさは教会組織の上層部の耳にも届き、「怪しげな治療を


している悪い神父」と非難されて、僻地の教会に左遷されます。


それでも神父を頼って訪れる患者の数は増えるばかりで、頼られては治療


し、上層部ににらまれては左遷される…をくり返して、何度目かの


左遷でヴォーリスホーヘンという小さな農村に着任します。


すでに治療家として有名になっていた神父ですが、ヴォーリスホーヘンへ


の赴任を機会に、治療活動を止めて神職に専念することを決意し、


最後の締めくくりとして、自分が考案した治療の実践方法を記した


「私の冷泉療法」を出版しました。


ところが、皮肉なことに、この本によって神父はますます有名に


なってしまい、さらに多くの患者が訪れることになります。


そのため、やむなく治療を再開しますが、怪しげな治療をする神父として


裁判にかけられてしまいます。


しかし、あまりにも多くの患者の病気が治っている事実に、裁判官は


無罪と判定。さらにその裁判官までもが神父に治療を依頼したのでした。


無罪になった神父は、1888年に、ヴォーリスホーヘンの街に専用の


「水治療室」を開設し、たくさんの患者の治療にあたっていきます。


また水治療は、強い刺激よりも弱い刺激を何度も与えることや


温水と冷水を交互に浴びることなどの方が、より高い治癒効果を引き出す


ことが分かりました。そして、水療法に改良を重ねて多様な


「クナイプ式水療法」を考案していきます。


クナイプ神父は医師ではありませんでしたが、病気に対する洞察力は


医師以上に優れていました。たくさんの患者に接するうちに、病気や


体調不良には、偏った食事や運動不足、精神の不安定、生活の


不摂生などが関わっていることに気付いていました。


そして、薬(当時は薬用植物)だけではなく、良質な食事や適度な運動、


規律ある生活によって、体質を改善することが病気の根本治癒に


つながると確信しています。


自分が医師でないことに限界を感じていた神父は、医師の力を借りるために


呼びかけたところ、当時の医学会を代表する多くの医師が協力を


申し出くれます。


その医師たちの参加を得て、神父が考案した「クナイプ式水療法」に、


「食事療法」、「植物(薬草)療法」、「運動療法」、「規律(秩序)療法」を


加えて、「クナイプ式自然療法」を確立します。


若い頃、貧しかった神父は多くの貧しい人々を病から救いますが、


治療費を受け取ることはありませんでした。しかし、多くの患者からの献金や、


治療を受けた内外の権力者たちから支援金が寄せられ、神父の資産は


当時のドイツで一番の権力者であるビスマルク宰相の資産に匹敵するほどに


膨れ上がります。


神父は、その資金で治療所を運営するための財団を作り、1890年に


総合クリニックの第一号である「セバスチャニウム」を開設します。


また、1893年には貧しい子供たちのために小児療養所も開設します。

ローマ法王庁公認の治療法として認められます。


1893年、オーストリアのヨーゼフ大公がクナイプ神父を訪れ、坐骨神経痛の


治療を受けます。それ以来、大公は神父の財政的支援者となり、また、神父を


ローマ法王に紹介します。


1894年、神父はローマに赴き、法王・レオ八世の前で「体の自己治癒力」について


講演。また法王の求めに応じて冷泉治療を行い、ついに「クナイプ自然療法」は


ローマ法王庁公認の治療法として認められます。


また、神父のもとに、近隣諸国の王室、アラブの王様、インドのマハラジャまでもが


治療に訪れるようになります。


同年には、神父の考えに賛同する25人の医師によって、最初の


「クナイプ自然療法・医師連盟」が設立されます。一般市民もまた、クナイプ自然療法


の普及を図る協会を結成。


やがて世界一の健康運動組織である「ドイツ・クナイプ連盟」に発展して、


クナイプ自然療法はヨーロッパ各国やアメリカにまで広まっていきます。



【どんなもの?】


体質改善や病気の治癒に欠かせない「食事療法」「運動療法」「植物(薬草)療法」


「規律(秩序)療法」を基本に、クナイプ神父が考案した「クナイプ式水療法」


を加えた五つの治療法で構成されています。


1.水療法


注水、温冷交互浴、清拭、水踏み(水中歩行)、全身浴、3/4身浴、半身浴、
座浴、腕浴、脚浴等。


2.運動療法


一人一人に合わせた運動プランを作り、根気良く、ベッドの中からでも運動を
始めさせる。運動の処方は、ベッドの中、室内、野外(クアパーク)、山歩き、
プールなどで行う。マンツーマン及びグループで行う。乗馬、スキー、サイクリング、
ハイキング、ゴルフ、テニス等のスポーツも処方される。


3.植物療法


薬用植物の抽出液を精製した浴用剤や錠剤、薬用植物がお茶や食用として

処方される。


4.食療法


予防や治療に対する栄養学的基本を考慮し、一人一人の状況に合わせて
食事が処方される。栄養価を損ねないよう調理法や、有機農法による
新鮮な野菜や果物、保存料等の使われていない食材が使用される。


5.秩序療法


この療法は、上記4本の柱の上位概念として、或いはクナイプ療法の屋根として
考えられている。あらゆる面で人間の本質に迫るものであり、本能的に
規律正しい生活環境への適応が根本理念となっている。
あらゆる生活の時間的リズム、処世法、人生観等が持ち合わせている
生理的リズムと合致しなければならない。