5.診療報酬以外の国の施策
(1) 補助金制度の問題点
国・自治体は医療機関に対して補助金を交付しており、それが図の③のお金の流れです。
・日本の医療におけるお金の流れ
┏━━━━┳━━━━┳━━━━税
使用者━┓被用者 自営者等 ┃
┃保険料┃┃┃┗一部┛ ┃ ┏政府
■━━━┃┛┗┓負担 ┃ ② ┃
□ ┗━■┃ ┃ □┳┛ ┃
┃健保組合 □┫ ┃ ■┃ ┃
┃共済組合 ┃┗━━┓ ┃┃ ┃
┃ 協会けんぽ┃┗━┃┛ ┃
┃ ┣━━┛ ┃ ┃
┗診療報酬体系━国保━━┛ ┃
┃① 補助金
診療所,公的病院,私的病院━━③━┛
補助金の99%は公的病院に対して交付されており、その目的は診療報酬では不採算になる「政策医療」に対してのもので、「高度医療」と「僻地医療」に大きく分かれます。補助金の総額は1.3兆円に達し、この中には公的機関であるために免除されている税金の減収分は含まれていません。こうした「高度医療」に対する補助金かあるため、1990年のデータで少し古いですが、診療報酬では不採算になりやすい全身麻酔を要する手術の4分の3は、ベッド数では4割にすぎない公的病院と大学病院で実施されていました。
補助金の弊害は、第1に補助金を受けた病院に患者が集中し、その結果、前項で述べました「3時間待ちの3分間診療」が起こることです。つまり、外見的に設備、人員とも優れた病院に患者が集まるのは当然の帰結です。
第2の弊害は、病院に「政策医療」を行っているから赤字であるのは当然だ、という経済姿勢を生みやすいことです。
政策医療を提供している以上、補助金を交付されないと運営できないという考えが職員に浸透していれば、効率化への努力が不十分になるのは当然です。また、補助金を受けられる公的病院の数は限られているので、実質的に当該地域においては寡占体制となり、サービスを向上させるインセンティブも乏しくなります。
第3の弊害は、国立病院機構は国が、県立病院は県が、市立病院は市が、それぞれ独自の基準で補助金を出していることです。例えば、県立病院がICU(集中治療室)を整備すれば、隣の市民病院も対抗上同じ設備を導入する、というような事態も生じます。こうした状況に拍車をかけているのが、隣接した病院でも、そこに医師を派遣する大学医局が異なることです。
国・地域の財政は逼迫していますので、国公立病院の体質を改善することが迫られています。国立病院は国立病院機構に移管することによって対応しましたが、自治体病院は厳しい状況に置かれています。この課題は、後程改めて取り上げます。
(2) 医療計画による補完
国が医療計画を定めたのは1985年の医療法の改正です。その背景には、自由開業医制の下で、医師は自由に診療を開業するだけでなく、病院も開設でき、その結果、人口当たりの病床数に都道府県間で大きな格差が生じたことがありました。医療計画によって、県内に「医療圏」が設置され、各医療圏に病床数の上限が設けられました。
・病床数と地域格差の変化
---------------------------------
1979 病院病床(一般+療養) 100 (基準)/人口10万対病床数(高い・低い) 高知・沖縄/格差(最大/最小) 4.25
---------------------------------
1986 132.3/高知・千葉/3.17
---------------------------------
1993 149.4/高知・千葉/2.93
---------------------------------
2000 149.6/高知・埼玉/2.87
---------------------------------
2007 148.8/高知・神奈川/2.87
---------------------------------
ところが、上の表に示すように必ずしも十分な効果を発揮していません。その理由は、第1に法が施行される前に駆け込み増床が行われたことにあります。第2に、計画にも本来、規制面と整備面の両面があるはずですが、日本の医療計画は病床の規制だけで、整備に関する予算措置はありませんでした。また、都道府県庁における医療計画を策定・実施・評価する体制は不十分でした。
第3に、計画圏域として採用された医療圏が現状にそぐわないことがあります。もともと医療圏とは、専門性の高い、特殊な3次レベルの医療を除いた「ひと通りの医療」である2次レベルまでの医療については、住民の生活圏の範囲で整備するべきである、という考えの下に提唱された圏域です。
その根拠は、いくつかの県で調査した結果、住民が入院先として選んだ医療機関の分布は、住民が通勤通学する生活圏の範囲と一致していたので、生活圏である医療圏の範囲内で「ひと通りの医療」を整備するべきである、ということにありました。
ところが、どこまでが2次レベルの医療で、どこからが狭い分野の専門医が担う3次レベルの医療であるかの区別は曖昧です。イギリスでは両者を分けず、以前に述べましたように、特殊で高額な放射線治療などを除いて、各病院でほぼすべての医療を提供できるように600床以上の大病院を整備しました。
もう1つの問題は、医療圏の設定です。鳥取県のように県内が3つの生活圏にきれいに分かれていれば、入院医療もその中で行われ、生活圏に対応して3つの医療圏を設定するのは理にかなっています。しかし、東京都のように生活圏が錯綜し広域化しているにもかかわらず、13の医療圏を設ける意味はありません。実は、鳥取県のように生活圏に対応して医療圏の人口も最大と最少で千倍以上の格差があります。
しかし、一旦設定された医療圏はほとんど見直されず、2007年度に医療費法の改正で医療計画が強化された際に、医療圏単位に整備することが求められています。具体的には、4疾患(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)・5事業(救急医療・災害時における医療・僻地の医療・周産期の医療・小児医療)の各分野において、拠点病院を中心とした連携体制を、医療圏ごとに構築することが新たに盛り込まれました。
しかし、医療圏は一般に患者の流れや病院の設備状況を反映していないので、計画の実効性は疑問です。
(3) 予防
病気になる前に予防できれば、本人にはメリットがあるし、医療費も抑制できるはずです。予防を重視することに異論を唱える医療関係者はほとんどいませんな、実際はそう簡単ではありません。国は医療費抑制策の一環として、「メタボリック症候群」(内臓脂肪型肥満症候群)の予防策を2007年に発表しましたが、実際に医療費が抑制されるほどの予防効果を発揮する根拠は、下に示されています。
・予防により医療費が抑制される論拠
脳卒中・心筋梗塞の発症を直接予防できない
↓
脳卒中・心筋梗塞が発症する確率を高めるメタボ(糖尿病、高血圧症、高脂血症)の進行なら予防できる
↓
メタボを早期に発見し、生活の改善を指導すれば順守される
↓
順守によってメタボの外来医療費が減り、脳卒中・心筋梗塞の入院医療費も減る
メタボ対策における本質的な問題は、本人にとって予防のメリットが明確に感じられない割に、負担が重いことです。インフルエンザのような感染症の予防であれば、ワクチン接種で直近の発症を軽症化できます。しかし生活習慣病の予防は、高血圧症や糖尿病、高脂血症を長期にわたって持続的にコントロールすることに成功して初めて、将来における脳卒中や心臓病になる確率を低下させることができます。
またメタボは長期の食事内容や運動という生活習慣に根ざしているだけに、「指導」によって容易に変えられません。例えば、運動量を増やすために自宅の最寄りから1駅手前で下車することは、数日間は続けられても何年も続けることは困難です。運動などせず、高血圧症の患者として降圧剤を飲んだほうがはるかに楽です。
がんを予防するうえでたばこをやめることは確かに効果的ですが、それと比べて生活習慣改善の効果は、仮に脳卒中や心臓病による死亡を低下させることができても、必ずしも明確ではありません。ちなみにアメリカのメディケア(高齢者等の公的保険)では、メタボに対する積極的治療が増えたことにより医療費は増加しています。さらに、これらの病気の死亡率が低下して高齢化が進むと認知症になる確率は高まるので、介護費が増える懸念がある点にも留意すべきです。
現在進められているメタボ対策によって医療費が抑制できるかどうかは、壮大な社会実験といえましょう。最初の障壁は、健診を受けメタボであれば保健指導を受けてもらうことです。各保険者に対して提示された2012年度の目標は、扶養家族を含めて、40-74歳の加入者の健診受診率を70%に、対象者の保健指導受診率を45%にすることでした。
そもそも健診・指導は、「予防」として医療と別個に実施するのではなく、かかりつけ医が、たまたま風邪などで受診した患者に対して、同時に行う方が効果的とされています。なぜなら、健康に対する自覚が乏しい人は健診を受けない傾向がありますが、こうした人々こそ予防の対象とするべきだからです。したがって、健診・指導を受けた人々に効果があったとしても、国民全体に対する医療費への影響は限られています。
一方、通院しているなら健診を受ける必要性は乏しいのですが、国民生活基礎調査によると40歳代でも2割以上、60歳以上になると過半数が通院しています。ところが、日本は「医療」と「予防」が完全に分離されており、健康保険法において保険診療の枠内で予防サービスを提供することが禁止されています。保険者としての需要の拡大を心配しての措置だったのでしょうが、「予防」と「治療」の相違が次第になくなっている状況に考えて見直すべきでしょう。
Android携帯からの投稿