DNA医学 | 扶氏医戒之略 chirurgo mizutani

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身近で関心は高いのに複雑・難解と思われがちな日本の医療、ここでは、医療制度・外科的治療などを含め、わかりやすく解説するブログです。

私たちの体は、いろいろな種類の細胞が集まってできています。細胞が集まって組織や臓器をつくり上げているのです。このようにして体をつくり上げている細胞の数は、およそ60兆個とされています。そしてそれらの細胞の一つひとつに「核」がありますが、DNA医学の主役となるDNAは、ここにあります。
DNAは生体の中に存在する、化学物質でできた大きな分子で、遺伝情報を担っています。正式名称は「デオキシリボ核酸」(deoxyribonucleic acid)です。
細胞の核の中にあるDNAは、4種類の塩基からなる2本の鎖が逆方向に合わさるようにできている(これを「二重らせん構造」といいます)長いひも状の形をしています。DNAの姿は、一般的には生物の教科書などで目にする、きれいにたたみ込まれたX字型の「染色体」の形状が有名です。しかしあれは細胞が分裂するときにしか見られない特別な形態です。DNAが輸送用のコンテナに詰め込まれているようなもので、通常はあのようにきれいにまかれておらず、核の壁の内側いっばいにまるで網が張られているように広がっています。
一般的には、DNAは遺伝情報を司っているものとして知られています。しかしDNAの役割は、親から子へ遺伝情報を伝えることがすべてではありません。たとえば私たちの体をつくるときにも、DNAの情報が重要な役割を果たしています。どのような種類の細胞をつくり、それがどのような種類の細胞をつくり、それがどのように並んでどのような組織、どのような臓器をつくってどのような活動をするかというのが、DNAの中には設計図のようにこと細かく書かれているのです。そして私たちの人が生きていくためには、外から食物などを取り込んで、様々な活動のために必要なエネルギーをつくらなければなりません(この活動が代謝です)。こうしたエネルギー系の活動やメカニズムについてはすぐにかなりのことがわかっており、医療にも広く利用されています。一方で私たちの体の中には、エネルギー系とはまったく異なる情報系の流れがあります。こちらについてはこれまでよくわかっていませんでしたが、DNAの研究が進んだことで、最近になっていろいろなことが明らかになりつつあります。
生物(人間)における情報系の活動には、大きく分けるとおよそ3つのパターンがあります。
最も広いレベルで行われているのは、個体から個体に向けて行われている第1の情報の伝達です。これはつまり、私たちが社会の中で日常的に行っている活動のことです。この情報伝達は基本的に、文字や話し言葉などを使いながら行われています。
これとは別に、私たちの情報系の活動には、生体から生体へ伝えられるもっと直接的な情報の流れがあります。たとえば遺伝という形で親から子どもへ受け継がれる情報伝達がそれです。これが第2の情報系の活動で、このときの主役が遺伝情報を司っているDNAです。ただし実際には、親が持っている情報がそのまますべて伝えられることはなく、子どもが受け取る情報は父親と母親から半分ずつです。情報伝達が行われているといっても、子どもは父親と母親の両方から情報を受け取りながら、まったく新しい情報を持つ生命体をつくっているのです。
さらに、DNAを主役とする情報活動には、一つの生体の中で細胞レベルで情報の伝達を行っているものがあります。これが第3の情報伝達です。この情報系の活動は、私たちの体の中で日常的に行われています。
私たちの体を安定的に維持・活動させるための情報は、DNAからRNAを介してタンパク質に伝えられます。RNAの正式名称は「リボ核酸」(ribonucleic acid)で、主にDNAが蓄積・保存している情報を一時的にコピー(転写)して運搬する役割を担っています。細胞が分化するとき、DNAに存在している情報はまずRNAへと転写されて、この情報に基づいてアミノ酸が合成され、そこからさまざまな働きをする多様なタンパク質がつくられます。このときタンパク質の中にDNAを合成する酵素もつくられ、RNAが役目を終えて消えてなくなる一方で、新たにつくられたタンパク質によって新しいDNAがつくられるわけです。DNA、そしてタンパク質へと伝えられる一連の情報の流れは、かつては分子生物学の中心原理(セントラルドグマ)とされていました。このセントラルドグマを提唱したのは、DNAの二重らせん構造の提唱者の一人としても有名なイギリスの科学者、フランシス・クリックです。彼がこの概念を提唱したのは1958年のことで、一時は絶対的な原理として扱われていました。しかしその後、RNAからDNAへ逆行する情報伝達経路もあることが発見され、セントラルドグマは修正を余儀なくされました。
セントラルドグマを覆すきっかけをつくったのは、アメリカの遺伝学者、ハワード・マーティン・テミンと、同じくアメリカの分子生物学者のデビッド・ボルティモアです。
2人は別々の研究でRNAからDNAへと情報を伝達するための「逆転写酵素」があることを発見しました。これによって1970年代の初めまで絶対的な原理のように扱われていたセントラルドグマは、修正されることになったのです。ちなみに彼らはレナート・ダルベッコと共同で、逆転写酵素の発見に関連して、75年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
最近ではさらに研究が進んで、かつての絶対的な定理に反することがいろいろあることがわかっています。それにともなってセントラルドグマの位置づけや中身もかつてとは大きく変わりました。たとえばウイルスの中には「RNAウイルス」といって、DNAではなくRNAを中心に情報伝達を行ったり、DNAを一切使わずにRNAのみで情報伝達を行っているウイルスも存在することがわかっています。RNAを基本にしてDNAをつくって増えたり、RNAからもう一つ別のRNAをつくって増えていくのです。このようなことは従来の分子生物学の常識では考えられませんでした。
ちなみに太古の時代は、やはりDNAではなくRNAを中心に情報伝達を行っていた生物が存在していたと考えられています。いまはこの種のRNA生物はいません。それはRNAがDNAに比べて不安定なので、長く情報を維持していくのに適していなかったからだと考えられています。そのためRNAを中心に情報伝達を行っていた生物は、次第に淘汰されていったのではないかと考えられています。
DNAとRNAは、このように性質が大きく異なります。DNAの情報が安定的であるのに対して、RNAの情報は非常に不安定で壊れやすいものです。
細胞が分化して情報伝達を行うときには、RNAのこの不安定さが大いに役立っています。安定的なDNAとちがってRNAは一回かぎりしか使えない金型のようなものですから、RNAによって伝えられた情報はすぐに消えてなくなってその場にはなにも残りません。そのため別のRNAによって次の指令をするときに、新しい情報を古い情報と混同することなく正しく伝えることができるのです。この仕組みは、やはりすぐにその場から情報が消えてなくなる話し言葉による情報伝達とよく似ています。

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