和の好きなゆめうさぎのブログ -31ページ目

和の好きなゆめうさぎのブログ

箏と十七絃のこと、普段に感じたことを書いています
限定記事は同じ社中の方々との交流記事になっています。そのため、入れなくてちょっとストレスを感じるかたもいらっしゃると思います。すみません。

母親から「今日何回も電話をしたのにつながらない」と文句の電話がありました。聞くと、朝から2回私が電話をとらず、これが3回目だったようです。

でも、着信履歴はないのですよね。それで「どこかに間違えてかけたんじゃない?」と聞くと、「見やすいように電話の横に大きく番号を書いているのだから、間違えるはずがない」と言うのです。

大きく書いてあったところで、押し間違えば別の人にかかるだろうし、知らない電話番号からかかったその人は取らなかったと思うのですが、なぜ、そのように考えないのでしょう?

 

それで、ひと月ほど前に着歴のあった見知らぬ電話番号のことを思い出しました。誰だろうと思いながらかけ直してみると、出たのは「もしもし、誰?」と怪訝そうな声の老婦人でした。

「私の携帯にお電話をされていたようなのでかけ直したのですが」と言うと「私はかけてません。あなた誰ですか?。私はこの半月ほど誰にも電話なんかしてません。何の用事で電話してきたんですか?」と、まるでこちらが詐欺電話でもかけたかのような反応をしたのです。

電話なんかするんじゃなかったと、気分を害して切ったあと、留番電話に伝言があるのを発見して再生してみました。すると先ほどの老婦人が娘らしい人にあてたメッセージが聞こえました。「〇〇ちゃん、今夜の食事のことだけど・・・云々」

 

老化って、論理的に考えられなくなるんですね。

自分もそうなるんだろうかと思うと将来にがっかりします。

もみじもみじもみじもみじもみじ

 

 

 

ちょっと困るよねっていうお願いをされることがあります。

「ボランティアで吹いてくれる尺八さん紹介してもらえませんか?」っていうやつです。

 

お箏の舞台にお願いするような尺八の人ならプロもセミプロも謝礼が発生しますよね。で、その人がボランティアをされているのか、する気があるのかは本人次第です。自分が関わりのある施設でだけ吹いている人もいれば、全くしない人もいるし、それはわかりません。

紹介してほしいという人が、プロかセミプロかアマチュアかのどのレベルを求めているのか知りませんが、そもそも舞台で共演することのないアマチュアの尺八吹きさんと知り合う機会などあまりないわけで、人脈もなければ、肝心の腕前だって知らないんですから。

そして、尺八さんだって、当日いきなり会って「じゃ、お願いします」ってわけにはいかなくて、リハーサルは勿論のこと、合奏練習だっているのだから、その時間を拘束してしまうわけで。

しかも、箏とか詩吟との共演なら勝手がわかりやすくても、共演相手が洋楽器だと、五線譜の解読がいるわけで・・・

 

という諸々の事情があって、簡単にボランティアさんを紹介なんて出来ないんですよね。

職場で講師を招いてISD個性心理学の勉強会があったのですが、だからどうした?という感じの話でした。

「悲しみや怒りの気持ちは、まず自分で受け止めてください。受け止めれば流すことができます」

って言われても、怒りも悲しみも、そう簡単に流せないんですが、それは私だけで、他の人は受け止めて流して許せるものなんでしょうか?

 

「こうした時にどうしたらいいのか、質問はありますか?」の問いに

「初対面の人にプライベートなことを聞かれたときにどうしたらいいのでしょうか?」と質問をしました人がいました。

「いやだという気持ちを、まず認めてください」

???それで終わり?

自分が認めて、それでどうすればいいんでしょう?

相手に嫌な思いをさせずに上手にプライベートな話題から抜け出すテクニックを教えてもらったほうがどれだけ役にたつことか。質問する側と話す側の意識がここまでずれている勉強会は初めてでした。

 

まわりでISD個性心理学を勉強中の人が急に増えているのですが、流行なんでしょうか? 心理学って、大学できちんと学ぶ医療分野かと思ってました。

あるコンサートの前に、写真撮影禁止のアナウンスが流れました。

プロなんだから当然です。

 

そのコンサートに知人が行っていましたが、自分のフェイスブックに、そのコンサートの写真をアップしていました。ちょっと、他人とは違う常識軸を持っている人だとは思っていましたが、残念な行動です。主催者の人ともフェイスブックで繋がっているのに、何でそんなことをするかな?