あっという間に6月が終わってしまいますね。
美輪明宏さんの訃報を聞いて、あぁまた戦争経験者で平和についての訴求力のある方が亡くなってしまったなぁと思っていたところで、先に報道が流れていたのに気づいていなかった訃報に、三輪さん逝去以上に気持ちが動かされました。
作家の庄司薫さん。
4月の桜の咲く頃に亡くなってたんですね…
なんとなく庄司薫さんらしい気がします。本当になんとなくね、彼の書いている文章から受ける印象です。
庄司薫さんのことは以前にもブログに少し書いたことがあるけれど、(2019/8/20のブログです
)
10代終わりの学生時代に芥川賞作品『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読んでとても感動して、その後薫君シリーズ4部作や、氏がまだ『庄司薫』という名前を使わずに本名の『福田章二』の名で書いた作品集『喪失』やエッセイも夢中になって読んだのでした。
『赤頭巾ちゃん気をつけて』の何にそんなに惹かれたのか?
今考えると、小説の主人公の『薫くん』は(元)東大受験生でお手伝いさんがおうちにいるお金持ちのエリート候補だし、時代設定も東大紛争で東大入試が中止になった1969年。私が本を読んだのはその10年後くらい。
東大やらお金持ちやらとは全く無縁で東大紛争についてもよく知らない1961年生まれでおつむも凡庸な庶民大学生の私には本当はよくわからない世界だったのだけれど、それでも本を読んだ自分の年齢とほぼ同年齢の主人公『薫くん』の考えや悩みにとても共感するところがあって...
なんていうか、同年代の人達がその時代の流れというか風潮に乗っかって面白可笑しくやっていて、何か不都合が生じてもそれを時代のせいにして軽やかに受け流す中で、自分の中にあるこれだけは譲れないといったようなものにこだわって、そういう風潮に流されないように踏ん張っているといった感じ......
なんて、庄司薫氏のような頭の切れる方が小説の中で表現しようとしたことを私が勝手な解釈で言い換えようとすること自体がもうおこがましいのだけど、とにかく主人公の薫くんに私はそんなところで共鳴して感動したのでした。
庄司薫の作品に夢中になってとは言うものの、氏の作品は少なく、小説はたぶん上にあげた4部作と処女作のみ、エッセイで本になっているのは3冊だけではないかな?
小説は4部作の最後の『ぼくの大好きな青髭』(1977年)が最後で、私はたぶん他の多くの愛読者と同じようにいつかまた忘れたころに新作が出るのではないかとひそかに期待していたのだけど、その日がくることはなかった。氏は結局潔く筆を折ったようですね。
『ぼくが猫語を話せるわけ』などのエッセイも面白かったのだけれど、エッセイ集も1978年のこの本を最後に発刊されたものはないようです。
2001年頃だったと思うけど、我が家に初めてパソコンがやってきて私が最初に検索したワードは『庄司薫』。
あの人は今?ってやつですね![]()
出てきた情報はわずかだったけど、そこで庄司薫好きの人たちの集まるサイトに出会って、しばらくWEB上で細々と交流したりしてました。
そこで、庄司薫以外の自分の好きなものについても語りたいと思い始めて自分でブログ(まだブログという言葉もなくて『自分のホームページ』って言い方だったけど)を始めたのが、私のブログの始まり。
話がそれましたけど、それ以来時々『庄司薫』を検索して、たまに入ってくる(主に配偶者であるピアニストの中村紘子さん関連として)情報から氏がお元気であることなどを確認していました。
薫くんシリーズの文庫本がリニューアルされて出版された時は、氏による追加されたあとがき(「四半世紀たってのあとがき」や「あわや半世紀のあとがき」目当てにまた本を買ったりもしました。
思えば、2012年の「あわや半世紀のあとがき」が私が読んだ氏の最後の文章なのかな。
よくよく考えれば庄司薫氏は私の父親とそう変わらない年齢。
どうも、本に載っている氏の写真と主人公の『薫くん』をだぶらせて勝手に憧れているようなところが私には多々あって、たまに出てくる庄司薫氏の現在に近い写真にちょっと衝撃を受けたりして(笑)
中村紘子さんが2016年に亡くなって、その後の庄司薫氏はどうされているのだろう?と思っていましたが、とうとうこの日が来てしまったな......
89歳のお誕生日の前に亡くなったんですね。
この前の日曜日に大学時代のクラス会があったのですが、結構皆、親(義理親含む)の介護で忙しいという話で、その親御さんたちは皆80代後半から90代という感じで、この年代の方々は長生きやね、と話していたところでした。
庄司薫さんもその年代。
そういう時代ですね。
でも、そういった方々が遺したものは、確実に自分の中で生きているということも実感します。
特に若い多感な頃に受けた影響は、意識するしないに関わらず自分の生き方の支えになっている気がします。
庄司薫氏が亡くなってからSNSを見ていると、氏の作品についてはその時代だけに流行ったもので後世に残るものではないなど結構批判的に書かれているものが多くてちょっともやもやした気持ちになったのですが、誰が何と言おうと関係ない。私の中ではあの4部作にある言葉や受けた影響は半世紀近く経った今も生き生きと存在し続けています。
自分にとても影響を与えた尊敬すべき方たちが亡くなっていく年齢に自分がなったのだと改めて思う今日この頃。
自分も元気でいられる残り時間を意識して生きなければ...と思うのでした。
庄司薫さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
って、やっぱり寂しいなぁ、、、
本棚から引っ張り出してみて、結構たくさんあったことに自分でビックリ![]()
マニアやな、私
あとがき目当てで買ったり、中公文庫から出ていたのが新潮文庫で出た時に表紙が違うので買ったり(中身は同じなのに
)。
ハードカバーの本は全部中古です。
最初から結構ボロボロだったけど、古本屋で見つけたら手元に置きたくなって買いました。
『ぼくが猫語を話せるわけ』の文庫本がなぜ2冊あるのか
わかりません![]()
『さよなら怪傑黒頭巾』のハードカバーは大学生の頃、大学の生協の古本コーナーで見つけたのですが、サイン入りでした![]()
でも、サイン本を売るなよ!とちょっと思いました![]()





